藍色の娘
「ねぇヴァルディア?私、もう少ししたらお父様に騎士団の一団を任される事になっているの」
俺はさも鬱陶しそうにランジェリーを見ていると思う。
「あなたももう少ししたら婚約者を見つけなくちゃいけないでしょう?私の肩書きがあれば、あなたはもっと大きな権力を握れるわ。だから……」
「俺が権力に興味があると言ったか?」
自分の腕に絡むランジェリーの手を振りほどいて素っ気なく言い放つと、ランジェリーは傷ついた顔をしたがすぐに気を取り直した。
「けれどやっぱり将来を考えれば必要よ。だから私と婚約すればいいじゃない」
もううんざりだ。こんな話をするために俺を呼び出したのか?
「ランジェリー。お前が求めているのは俺じゃない。俺の後ろ盾だ」
俺の言葉にランジェリーの顔が曇る。
「帰る」
「ヴァルディア! 待って…っ」
ランジェリーを無視して俺は外で待っている馬車に向かった。使いのロノアに帰るとだけ言って中に乗り込む。
しばらくして動き出した馬車は、ゆっくりといつもの道筋をたどった。
俺の家は貴族にあたる。それも結構な権力を持つ。小さい頃から護身術や勉学をみっちり体に詰め込まれ、未来を担う為に父から世の渡り方などを教えられてきた。そして18になったある日、父がいきなりこんな事を言ったのだ。
『お前、婚約者どころか目当ての娘もいないとはどういう事だ。別荘を一つかしてやるから、そこで婚約者を見つけて来なさい。あそこの地域は治安が良くて顔のいい貴族娘が沢山いるからな。まあ、別にお前の好きな娘を捕まえてくればいい』
『お、お父様!?なんでいきなり! 俺は別に決められた娘で良いのですよ』
『決められた娘などつまらん。それにこれは一つの課題だ。いいな、娘と一緒でないかぎり家には入れんぞ。わかったらとっとと行け、この馬鹿息子』
『……っざけんなぁぁぁぁぁああ!!!』
そんなこんなで両腕を掴まれ外に放り出された。なんって身勝手な父なんだ。あのクソじじいめ……。
だが侍女を思ったよりつけてくれたおかげで困る事はなかった。どちらかというと落ち着いた環境でのんびり過ごせる事に今ではかなり満足している。だから婚約者探しを怠けて放ったらかしにしていた俺を心配して侍女が父に報告したらしく、それを聞いた父から怒りの手紙が届いた。内容が内容だったため、慌てて行動に出た俺だったが、俺の権力欲しさで寄って来る女ばかり。媚を売って気に入られ様とやっきになる醜い女やその親たち。俺は呆れてため息しか出なかった。
もちろんそんな中で婚約者など探す気にもなれず、いい加減イライラしだしたころだ。彼女と出会ったのは。
ふと窓の向こうを見ると、木々に隠される様にして見える二階建ての建物。その窓のふちに、一人の少女が座っていた。藍色の髪をした娘。その表情は何かを諦めた様な、悲しい顔だった。
俺はその日帰ってから侍女の一人に聞いた。
「ザークデイル通りの道の近くに二階建ての建物があった。あれが何か知っているか?」
「ああ、きっと奴隷売店ですよ。結構有名な奴隷売店らしいです。なんでもとても美しい奴隷が多いとか……」
奴隷。だから彼女はあんな顔をしていたのか。諦めたくても恋い焦がれてしまう様な、そんな切なさがこもった表情。
俺はその日から二階の窓に座る少女が気にかかった。もし自由にしてあげれるとしたら、あの少女はどんな顔をするのだろう。悲しそうな顔しか見た事がないけれど、きっと笑えばとても可愛らしいだろう。
だから俺は、奴隷売店へ向かった。
奴隷売店を案内する男が、一つ一つ部屋の奴隷の説明をしながら扉を開けていく。
「ここは陽の間です。活発で明るい性格の子が多いですね」
「この部屋はいい」
そう言った俺に男は不思議そうな顔をしたが、気にしない。俺にはもう決めた娘がいる。きっとその子は活発な子ではない気がした。
「では、次は藍の間へ行きましょう」
男について行った先にあった扉を見てどきりとする。その扉の色が少女の髪色に似ていたからだ。
そっと開いた先に見えたその藍色の後ろ姿。窓辺に座って外を見ている。心臓が不規則に鳴りだした。きっとあの子だと脳が訴えている。男が何か喋っているが、もはや頭に入らない。
「……あの碧の髪の娘」
「はい?」
「あの窓辺に座る娘」
ほぼ無意識に口から出た言葉に自分で驚く。
「ルナ」
男の呼び声に、少女は静かに振り返った。
「おいで」
大人しく近寄ってきた少女。
この子だ。ほら、だって悲しそうな顔してる。
幼くも美しい顔が、憂いを帯びて綺麗にうつる。俺は不覚にも少女の不思議な色をした目にとらわれた。
俺が少女を買い取ると言った時、刹那だが少女の目に苦痛が走った。何を思っているのだろう?辛いのか?悲しいのか?怖いのか?けれど少女の表情は読み取りにくかった。
家に一度帰ると、少女を家に住まわす段取りを使いにさせた。俺の隣の部屋を少女にあげよう。少女の容姿に合いそうな服を何着か侍女の一人に告げて用意させ、生活に困らぬ様にほどこす。
少女の部屋へ行って中へ入ると、何故か少女はネグリジェを着ていた。なぜ、と聞くと、分からなかった、と言う。心の中に怒りと切なさが溢れた。幼い子どもに色を教えてやらず売り物として建物に閉じ込めた大人達。無垢で純粋な世界を知らない娘。俺は少女の髪と似た色のドレスを少女へ渡し、部屋を出た。
自分自身少女をどうしたいのか分からない。側に置いておいてどう接するのか、少女のこれからをどう考えるのか。何も考えていない。ただ、俺はあの表情以外の顔が見たいのだ。世界を知らない君を楽しませて、喜ばしてあげたい。ただ、それだけを思った。