最下層の藍
暇つぶしに読んでいただければ幸いです。
短い短編として作っていくつもりです。
身体に異常が無いか調べるために、手首に枷を付けられながら医務室へ向かう。石の地面は少女の素足を一瞬で冷やした。
「にしても汚ぇな、最下層の奴隷はよ」
少女の鎖を引きながら前を歩く男が、両脇に並ぶ檻のむこうの奴隷を見て、隣に立つもう一人の男につぶやいた。
「最下層なだけあるな。だが一匹くらい磨いたら良くなると思うぜ俺は」
「確かにもったいないことしてるとこあるよな」
「今さらこんなとこの奴隷磨いたって恐怖がこびりついて使いもんにならねぇんだろうよ」
「そう考えたら最上層の奴隷は幸せだな」
男たちの好き勝手な会話を少女は塵も聞いていない。檻のむこうの奴隷達に肩身を狭くして怯えるのに精一杯なのだ。
ついた先はつんと鼻を刺す薬の臭いが満ちた部屋。小さくどこか薄暗い。
「こりゃまた汚いね」
「まあそう言わず見てくれよ。虫がわいてたらたまんねぇ」
「あたしはなんたってこんな仕事しなくちゃならないんだ」
医者の老婆が奴隷の少女を見ながらつぶやいた。少女は老婆の視線にびくりと肩を揺らした。
「よく言うぜ。給料がいいって言って好き好んで働いてるのは誰だよ」
男の問い掛けに老婆は黄色い歯を見せて笑った。なんと汚い。その気味の悪い笑みに再び少女は肩を揺らす。
「とっとと寄こしな」
足に根っこが生えたかの様に動かない少女を、後ろにいる男が突き飛ばす。食事もろくに摂取していないため痩せ細った身体。少女は軽々と前からこけてしまった。
だが以外にも少女に駆け寄ったのは老婆だった。
「あんた女をなんだと思っているんだい?」
「女ぁ?奴隷じゃねぇか」
「奴隷も人なんだよ。怪我をさせる様な行動は慎みな。こっちの仕事がふえるだろ」
男は悪びれた様子はなく、肩をすくめただけだった。
余計にびくついている少女を、優しげに老婆は見たのだった。
「よかったね。あんたを上層部に引き上げるだそうだよ。これからは酷い生活をしなくても済む」
少女は助け起こされた優しいその手を遠慮がちに握りながら、小首をかしげた。
「だから、あんたの体に病気がないか、チェックさせてもらうよ。痛くないから安心おし」
そう言って強張る少女の体を老婆は丁寧に診察していく。
「ああ、この子は大丈夫だ」
診察しおえた老婆が満足げに微笑んだ。
「なら上層部に連れて行こうか」
「手荒な真似すんじゃないよ」
「わかってるよ」
そうして少女がまず連れていかれたのは、地下牢の様な地下をかなり登った先にある一室。最下層にある奴隷の部屋など比べ物にならないくらいの綺麗さだ。
その一室を男がノックすると、しばらくして1人の女が出てきた。
「あら、この子が上層部上がりの子?」
扉から現れたのはまたしても美しい女性で、醜いものしか目にいれたことのない少女は恐れを忘れ女を凝視してしまった。
「ああ、こっからはあんたに受け渡すぜ」
「そんな事より、手枷を解いてあげて」
女がそっけなく言い放つと男がそそくさと手枷の鍵を解いた。
「ご苦労様」
立ち去った男達を見送ると、女は少女の肩に手を置いた。少女の体は決して綺麗ではないと言うのに、女は気にもとめない。
「そうね、まずはお風呂に入って服を着替えましょうか。私はアンナよ。短い間だけれどよろしくね」
少女は返事をする事はしなかったが、アンナは嫌な顔一つせずに微笑んだ。
「行きましょう」
少女にとって始めてのお風呂。今まで冷水を浴びさせられるだけだったため、湯に浸かった少女は感動のため息をもらした。それをアンナが面白そうに笑う。
「気持ちいいでしょう?香りつけの粉を混ぜたから、湯から出たあとも体からいい匂いがするのよ?」
少しだけ緊張を解いた少女は、両手で湯をすくいながら微笑んだ。
湯から出ると、先程とはまた違う部屋に行った。中に入ると、少女にとっては初めてのものばかり。ベッド、電気、机、タンス。そしてタンスからアンナが少女に合わせて引っ張り出してきた服も、少女の目にとても美しく映った。
「これが似合うと思うわ」
そう言って少女の胸元に服を合わせる。
「やっぱりね。着替えさせてあげましょう」
「……の?」
「え?」
「わたし、殺すの?」
片言でそう聞いた少女にアンナは驚愕した。少女の表情には恐怖ではなく、幸せがあらわれていたから。
それはとても残酷な事。少女にとって今死ぬ事は幸せな事と認識されているのかもしれない。幸せな事を味わった後の、幸せな死に方。それを望むというのか。いや、与えられるはずのないものを与えられて、終わりを迎えると思っているのか。
それほど少女は苦痛の日々を過ごしたという事だ。
「……殺さないわ。あなたは生きるのよ」
「生きる?辛い?痛い?」
「いいえ、いいえ!」
アンナは少女を抱きしめた。はっと少女の体に力が入る。
「幸せよ。あたたかいし、食べ物もたくさんある」
腕の力を緩め、少女と視線をあわせる。
「もう大丈夫」
優しく頭を撫でると、可愛らしく笑った。
「さて、着替えもすましてご飯も食べたし、そろそろトーマさんの所に行きましょう」
少女は見違えるほど美しくなった。お風呂に入ると汚れた髪と肌が綺麗になり、もとの美貌があらわになったのだ。深海の様な深い碧の髪に、少し青みを帯びたグレーの目。日に当たった事のないハリのある真っ白な体。
さすがのアンナも唸るほど少女は美しい。
「トーマさん、可愛がってくれるでしょうね」
そう言って少女の手を握って目的の場所へ歩き出すのだった。
「これはまた綺麗な娘になった」
「でしょう。私もびっくりしたわ」
「やはり私も見る目があるな」
上層部に引き上げると判断したのはトーマだ。
「この子は藍の部屋に入れようか」
「あそこの子達、大人しい子が多かったわよね。きっと馴染めると思うわ」
「面倒をかけたなアンナ。さっそく連れて行くよ」
「幸せになるのよ?いいわね!」
アンナが少女のほおを人差し指でつくと、少女はにこりと可愛らしく微笑んだ。
「じゃあね」
少女は去り際、アンナに振り向いて小さく手を降って行ったのだった。
少しだけ内容がおかしな所があったので編集しました。
自分で気付けない所もあると思うので、そういった所は指摘してください。