この手を伸ばすけれど 皇視点
「皇」とそう呼ぶ主の声に彼は微笑んだ。名付けていただいたことがあまりにも嬉しくて幸福で涙は零れ落ちる。
主がどうして己を偽るのかそれが彼には不思議だった。
だけれど何よりも不思議だったのは主の傍らにあることを赦された彼女が歪な想いを主に向けていること。
それはとても歪で時に主を傷つけかねない。それが彼は気がかりだった。
その想いはとても愛に溢れてだけれど主を憎んでいるのだと彼女の想いは伝うから。
それを哀しく彼は思う。仮面を被らずに向き合うことができるなら主は彼女の本当に触れられるのに。
どちらも互いを貴く思っている。それがわかるから皇は哀しいのだ。
二人のための箱庭を彼は護る。でも本当に護らなければならない心が護れないことが哀しい。
嬉しさからの涙は今は哀しみの涙へと変わり彼の頬を濡らす。
ぽたぽたと零れ落ちる滴を拭うものはいない。彼もまたうすっらと微笑んだ。
仮面を二人が被るのなら己もまたそれを被ろう。二人の望む己を二人に捧げるために。
己を呼ぶ声に彼は微笑みあまやかな声音で囁きかえした。
「今参りましょう。お二人のもとへ私はいるべきなのですから」
微笑み歩き出す。向かう先は何時だって二人のもとへそうありたいと祈りながら。
ふわり微笑む。祈りの言の葉は声にはならず今はまだ秘められたまま箱庭は今日も変わらずに日々はすぎていく。
そうでなければならないと彼は思いを新たにして彼が去ったあとには何も残ってはいなかった。朱い跡以外は……。