ときは流れて
あまやかなあの囁きを円が志貴に告げてから八年の歳月が流れた。
円が志貴にあの囁きを告げたのは志貴が十六、円が十二のころ。
二人は成長し二人が離れる機会は幾らでもあった。だけれど離れることなく二人はあった。
それに志貴は嬉しさで微笑む。円もまた微笑むのだ。
二人は互いを何よりも愛していた。そう何よりも……。
仮面を志貴は被る。志貴と円のために整えられ建てられた屋敷に二人で暮らす。
シンプルなデザインのソファーに志貴は腰かけていた。傍らには円の姿もある。
この国の中枢を担う今だ年若いものたちも国を影で操る年老いたものたちも志貴に忠誠を誓っていた。
そして目の前には民間から選ばれ志貴に会うことを赦された少年が跪いていた。
志貴の右側には円が侍り左側には黒の執事服に身をつつんだ青年が侍っていた。
志貴はうっすらと微笑んだ。それがわかったのか跪いていた少年が不審な動きを見せた。
円が前に出ようとするのを制し執事服の青年が素早く少年を組み伏せた。
動きを封じられた少年は抵抗しなかった。それにつまらなそうに円は目を細めていた。
それらを見ていた志貴は嗤いそしてすずやかな声音で囁き告げた。
「皇。それをどこえなりとも捨てておいで」
その言の葉に皇と呼ばれた青年は了承の言の葉を零すと少年を連れ出した。
部屋には二人が残された。かわり映えのしない日常に少しだけ波紋がたった。
だけれどそれもすぐ消せるほどでしかない。それに志貴はため息をはく。
円が気遣うようにこちらを見つめるものの何も言わないのが救いだった。
そうでもなければ嗤いだしそうだったから。愛しいものと生きるための箱庭がもうすぐ手に入るのだから。
それのついでに円の望みも叶えられる。そう確信して志貴は歓喜を隠して微笑む。
もうすぐもうすぐだから。君と生きる世界がもうすぐ手に入る。その事実に志貴は嗤う。
くすくすと涼やかな笑い声を響かせて瞳から涙が流れるのを気にすることなく
それを薄く微笑みながら見つめる円に志貴は気づくことはなかった。
今はまだ彼女の願いに彼は気づかない。それでも日々は過ぎていく歪な絆を二人に残して。