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地球儀ちゃんと阿僧祇ちゃん

作者: わかめ

「ねえ、旅人たびびとさん」


 ふと、背後から声がする。


 振り向けば、腰程の背丈の女児が一人、

 

 膝を抱えて笑って居た。

 

幽霊ゆうれいって、しんじる?」


 何やらか細い声だったが、

 

 はっきりとそう聞こえた。

 

「どうしたんだお嬢さん、こんな部屋に来ては。」


 今晩厄介になっているこの家の娘さんだろう、と、

 

 赤く染まった障子を指さして言う。

 

 顔半分を赤く染めて笑い、

 

幽霊ゆうれいって、しんじる?」


 人の忠告を聞こうともしない。

 

「いや、信じない。」


 話に乗るまで帰らぬだろうと、

 

 嘆息しながらそう返答する。

 

「どうして?」


 首を右へ傾げ、重ねて問う。

 

 長く伸びた髪が膝から滑り落ち、

 

 畳を赤と黒で染め上げる。

 

「そりゃあ、死んだ人間の魂は目に見えないからだ。」


 そう答えるが、返事はない。

 

 俯き、何か考えている様子ではあったが、

 

 顔は長い髪に隠れて見えず、動くこともなかった。

 

 しんとした部屋はどこか隔絶された空間のようで、

 

 不思議な女児とふたり、何やら気味が悪い。

 

 ふと、どれだけ経ったか分からないころ、

 

 顔を上げた女児の笑い顔が見える。

 

「わかったわ、旅人たびびとさん」


 その顔は作り物めいて、

 

 その言葉はひどく虚ろで、

 

 なによりその声に背筋が凍った。

 

「そうか、ならもう行きなさい。」


 女児は頷くと立ち上がり、

 

 赤い障子に向かって歩きかけて止まった。

 

 振り返り、またあの笑顔を見せる。

 

「わたし、地球儀ちきゅうぎよ」


 それが名前だろうか。

 

「ああ、分かった。」


 何が分かったのだろうか。

 

 自分でもわからないうちに、女児は障子の向こうへと消えた。

 

 しばらくぼうっとしていたのか、

 

 気がつくと日はすっかり落ちていて、

 

 紺色の向こうに薄ぼんやりと黄色い月が浮かぶ。

 

 変な夢を見たのだと思い、

 

 旅人はいつもより早く床へ着いた。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 何やら寝苦しく感じる。

 

 明け方の空気は冷たいほどなのに、

 

 じっとりと体は汗ばんでいるようだ。

 

 そろそろ日が昇るころのようで、

 

 少し開いた障子の隙間から明かりが漏れる。

 

 冷たいのは風が吹き込んでいるのだろうと、

 

 布団を除けて起き上がり、

 

 枕元の存在に気づく。

 

「ねえ、旅人たびびとさん」


 ひっ、と喉の奥が鳴った。

 

 長い髪の女児が、枕元で正座して居る。

 

 よくよく見れば、夕方ごろの女児だが、

 

 何故こんな時間に居るのかは分からない。

 

「ああ、脅かさないでくれ。」


 きっと何かの悪ふざけだろうと、

 

 あまり深く考えぬことにした。

 

黄泉還(よみがえ)りって、しんじる?」


 また妙な質問をされる。

 

 夕方のことは夢ではなかったのだろう。

 

 どうせまた答えねば帰らぬのだろう。

 

「いや、信じない。」


 同じようにそう返答する。

 

「どうして?」


 首を左へ傾げ、重ねて問う。

 

 髪が頬へかかり、その口元を隠す。

 

「そりゃあ、死んだ人間の体は魂がなければ腐るからだ。」


 そう答えるが、返事はない。

 

 首を傾げたまま、

 

 目を見開いたまま。

 

 じっとりとした汗はいつの間にか引き、

 

 その背筋は凍ったように冷たかった。

 

 ふと、どれだけ経ったか分からないころ、

 

 傾げた首を元へ戻して女児が笑う。

 

「おかしいね、旅人たびびとさん」


 心臓が早鐘を打ち、

 

 冷えた体に火を灯そうとしている。

 

 舌は張り付いたように動かず、

 

 喉はからからに乾いてしまった。

 

 女児は笑顔を消すと立ち上がり、

 

 薄墨で染まった障子へ向き直った

 

 振り返らず、顔を見せずに言う。

 

「わたし、阿僧祇あそうぎよ」


 それが名前だろうか。

 

 頭は返事もできないほどに重く、

 

 自分がわからないうちに、女児は障子の向こうへと消えた。

 

 しばらくぼうっとしていたのか、

 

 気がつくと日はすっかり登っていて、

 

 外からは鳥の鳴く声が聞こえる。

 

 変な夢を見たのだと思い、

 

 旅人はそのまま布団へと倒れ伏した。

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 なにやら朝から体調が良くない。

 

 もう一日の仮宿を主に頼み込み、

 

 出発を明日の朝へと伸ばした。

 

 体はじっと汗をかいて火照り、

 

 背筋はがくがくと震えるほど寒い。

 

 勧められた朝餉を断り、

 

 昼餉の時間になっても起き上がれず、

 

 浅い睡眠と覚醒を繰り返すうち、

 

 また夕暮れ時がやってきた。

 

 体調はさらに悪化したようで、

 

 頭は金槌で叩かれているほど痛く、

 

 他に何も聞こえないほど耳鳴りが酷い。

 

 意識が朦朧とする中、

 

 ふと枕元に何か居る気配を感じた。

 

 

 

「ねえ、旅人たびびとさん」


死後しご世界せかいってしってる?」


 聞き覚えのある声がする。

 

「そこは、この世界せかい裏側うらがわにあるのよ」


「そこは、きてる人間にんげんにははいれないのよ」


 声がするたびに、頭痛が酷くなる。

 

「そこは、一度いちどはいったらられないのよ」


「そこは、一度いちどたらはいれないのよ」


 耳鳴りは、止んでいない。

 

「そこでは、ぬことはできないのよ」


「そこでは、きていくこともできないのよ」


 意識は手放すまいとしているのに。

 

「そこでは、時間じかんまっているのよ」


「そこでは、永遠えいえんまわりつづけるのよ」



 もう。

 

 

 

「わたしは、■■■■(■■■■)よ」

 

 

 

 暗転。

 

 

 

 

 ◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「ねえ、阿僧祇あそうぎ


「ねえ、地球儀ちきゅうぎ


旅人たびびとさんはってしまったわ」


旅人たびびとさんはかえってしまったわ」


今度こんどは、うまくやったかしら」


今度こんどは、うまくやれるかしら」

夢のなかに、二人の少女が出てきました。

不思議な少女でしたが、この世には存在しません。

実際に死者の国に行った経験はありませんし、

夢に出てきた二人はこんなに怖くありませんでした。

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