十六夜の月
明るい月夜に照らされて、自分の気持ちを自覚した夜。
夜は明け、月はその姿を隠す。
泣いたせいか、なんとなく重い瞼をこすり、いつもと同じように一日を始める。
気持ちを自覚しても、相手がいないんじゃどうしようもない。
恋に突っ走れる年でもなくなってしまったし。
それでもふと気を抜けば桂月を想う自分。
ああ、こんな自分じゃなかったはずなんだけど…。
深くなっていく溜息に我に返り、自分を叱咤する。
でも出来ることはいつもと同じようにいつもの生活を送ることだけ。
今日もなんとか一日を終えられそうな夜。
いつものように家路をたどる。
今日もいい天気。
桂月と出会ったあの月の夜よりは少しだけ肌寒くなった夜。
頭上には少しだけ欠けている月が浮かぶ。
…欠けていく月がなんとなく寂しさを助長させる気がする。
はあ…。
今日の何回目の溜息だろう。
溜息をつくと幸せが逃げるっていうから、今のわたしは不幸のどん底に近いのかもしれない。
はあ…。
再び溜息。
「溜息つくと幸せが逃げちゃうんだよ?」
桂月の声の幻聴が聞こえる。
逢いたいって気持ちは幻聴まで生んでしまうのかと苦笑する。
そのときふわりと抱きしめられた。
?!!
訳がわからなくて、体がこわばる。
「なんでさっきから溜息ばかりついてるの?」
耳元で聞こえたのは桂月の声。
恐る恐る振り向くと、そこにはまぎれもなく正真正銘の桂月の姿があった。
「ごめんね」
部屋に帰り、桂月が最初に話した言葉はその四文字。
それからぽつぽつと桂月は語り出す。
ここはとても居心地が良かったこと。
でも、それじゃいけないと思ったこと。
ここを出て、両親のことを思ったこと。
両親の墓参りをし、いろいろ考えたこと。
両親が残してくれたお金は、施設に寄付したこと。
それから、仕事を探したこと。
「ずっと柚衣さんに逢いたかったよ。でも、今のままの俺じゃダメだって、そう思った。少しでもちゃんとした俺になってからじゃないと逢えないって思ったんだ」
「ねえ、俺ここに帰ってきてもいい?柚衣さんの隣にいてもいい?」
「ここにいて…?」
そう答えるのが精一杯の自分。
その答えとほぼ同時に抱きしめられる。
最初に桂月に逢ったときは頼りなげで儚げだったはずなのに、抱きしめていたのはわたしのほうだったのに…。
「柚衣さんのことが好きだよ」
耳元で囁かれる言葉。
「…わたしも…」
桂月の耳に返す言葉。
…そして重ねられる口唇。
そんな二人を見ているのは十六夜の月。