満月
ふと空を見上げると、ぽっかりと浮かぶまあるいお月様。
あ~今日も遅くなっちゃったな…。
忙しいのはありがたいことだなんて、誰が言ったのか、毎日そりゃあ忙しくさせていただいてますとも、ええ。
おかげで部屋にはほぼ寝に帰るだけ。
シャワー浴びて、コンビニご飯をチンして胃に入れて、寝るだけの部屋。
何のために部屋借りてるんだか…。
今日も月明かりを頼りに部屋までの道のりを足早に歩く。
まあね。駅から徒歩5分と言っても、ちょっと暗い道も通るから、用心に越したことはないのよね。
駅前のコンビニで食糧も買ったことだし、後は部屋に入るだけ。
それなのに、立ち止まってしまった。
その先には一人の少年の姿。ガードレールに腰掛けたその姿が、月明かりに浮かぶ。
なんとなく儚げで、頼りなげなその姿に思わず見とれてしまう。
ふっと顔を上げた少年の視線がわたしの視線にぶつかる。
少し首をかしげ、困ったようにわたしを見ている。
長袖Tシャツにジーパン。
どこにでもいるような10代の男の子。
ちょっと薄汚れてるけどね。
まるで何かの魔法にかかったみたいに、その瞳に吸い込まれていく。
一歩、また一歩と彼との距離が縮まっていく。
その間、視線を逸らそうなんて思いもしなかった。
「帰らないの?」
そっと聞いて見る。
それがまるで当たり前のように、自然に言葉は出てきた。
彼も問われたことに驚いた様子もなく、「帰れないんだ」と一言答えた。
ちょっとだけ困ったような表情はそのままに。
「帰れないんじゃ困るんじゃないの?」
でも彼が帰れないのは仕方ないことだと自然に思えている自分がいる。
「そうだね、困るね」
困ったような表情をしているけれど、困った感じに見えない彼はその言葉の後空を見上げる。
その彼の動きにつられて、空を見上げる。
そこにはぽっかりと浮かぶ秋の月。
以前、自サイトに掲載していた作品です。