婚約破棄されたので、元婚約者たちの破滅(フィクション)を書いたら現実になりました
――君のような妄想癖のある陰気な女は、我が公爵家にふさわしくない!
きらびやかな卒業パーティーのど真ん中。
私の婚約者であったカイル公爵令息は、男爵令嬢のクロエを抱き寄せ、大衆の面前で私に「婚約破棄」を突きつけた。
身に覚えのない罪をでっち上げられ、泥を塗られた私は、夜会を飛び出し、学園の裏手にある不気味な泉へと走った。
私は、幼い頃から小説を書くのが大好きだった。
だけど、カイルからはいつも「高貴な身分にふさわしくない趣味だ」と見下され、愛用の万年筆すらゴミのように扱われてきた。
「もういい! 小説なんて、二度と書くものか!」
絶望のあまり、私は相棒だった万年筆を泉へと全力で投げ捨てた。
その直後。「痛っだァァァァい!?」という男の悲鳴が響き渡る。
泉から飛び出してきたのは、神々しい光を放つ美青年――頭に私の万年筆がガッツリ刺さった、泉の精(?)だった。
『お前が落としたのは、この金のペンか? 銀のペンか? ……いや、私のデコに会心の一撃を喰らわせたこの『呪いのペン』か……!?』
額から光り輝く魔力を流しながらプルプル震える精霊から、私は平謝りしてペンをひったくり、そのまま自室へと逃げ帰った。
……と、そこで私は目を覚ました。
「……はは、夢、よね」
自室の机で目を覚ました私の手元には、投げ捨てたつもりで置きっぱなしになっていた、いつもの見慣れた万年筆。婚約破棄されて泣きつかれた私はそのまま机で眠ってしまっていたのだ。
神の救いなんてない。現実は理不尽なままだ。
「だったら……自分の手で、アイツらを地獄に落としてやるわ」
怒りとヤケクソのエネルギーが爆発した私は、一睡もせず、凄まじい速度でペンを走らせた。
書いたのは、私をモデルにした物語。
前半は私が受けた婚約破棄の理不尽さを克明に描写し、後半からは、怒りのままに「完全なフィクション(罪のでっち上げ)」を書き殴った。
『男爵令嬢クロエは、実は他国のスパイである』
『カイル公爵令息は、裏で国家予算級の横領に手を染めている』
『悪事が全て白日の下に晒され、二人はどん底へと叩き落とされる――』
翌日、私はその原稿を、街の小さな出版社へと持ち込んだ。
そこからの展開は、恐ろしいほどにトントン拍子だった。
匿名で出版されたその小説は、あまりの生々しさと怒涛の展開から「これ、あの公爵令息たちのことでは?」と社交界で爆発的な大ヒットを記録。
噂に焦ったクロエが私をさらに陥れようと動いた結果、周囲の警戒心がMAXになっていたせいで自爆。まずは彼女がスパイ容疑で失脚した。
それだけにとどまらず、小説の通りにカイルの国家横領の証拠が次々と見つかり、彼は弁明の余地なく捕縛されたのだ。
「え……? 私、ただの憂さ晴らしの妄想として書いたんだけど……?」
自室でガタガタと震えている私のもとに、一通の手紙が届く。
差出人は、この国の一切の内政と情報部を牛耳る、冷徹で名高い王太子殿下だった。
『至急、王宮へ来られたし』
終わった。でっち上げの小説を書いた罪で、今度は私が処刑されるんだ。
涙目で王宮の執務室へと向かった私を待っていたのは、机に私の小説をドン、と置いた王太子殿下だった。
「君の書いたこの本のおかげで、我が国の特務機関が何ヶ月も追っていた国家反逆のパズルが、一瞬で全て繋がった。……君、一体どこでこの情報を掴んだ?」
「ほ、本当にただの妄想なんです! ヤケクソになって書いただけなんです!」
私が泣きながら真実を話すと、王太子殿下は驚いたように目を見張り、それから、ふっと愉しげに口元を歪めた。
「面白い。ならば君を、私の『専属お抱え作家』として歓迎しよう」
そこからは、言葉通り至れり尽くせりだった。
私は王宮の最上級の客室を与えられ、冷徹なはずの王太子殿下から、毎日惜しみない賛辞と、至高の甘味と、過保護なまでの溺愛を受けるようになった。
「君の才能は素晴らしい、エレナ。さあ、次は私と君がどれほど幸せになるか……その『続き』を、私のために書いてくれないか?」
王太子殿下は、私の手を優しく握り、極上の微笑みを浮かべている。
――完璧すぎるハッピーエンド。
優しすぎる王子様。都合よく破滅していった悪役たち。
何もかもが、トントン拍子。
まるで、私が書いた、お誂え向きの小説みたいに。
その時。
私の背筋に、ゾク、と冷たいものが走った。
(待って。これって、本当に現実……?)
唐突な違和感に駆られ、私は豪華絢爛な部屋の中を見回す。
金糸のカーテン、高価な調度品、窓の外に見える、絵に描いたように美しい王都の景色。
「どうした? エレナ」
王太子殿下が、歪んだようにも見える笑みを浮かべて、じっと私の顔を覗き込んでいる。




