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見えない家事、見えない私  作者: 櫻木サヱ
いつもの朝が重い

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7/28

明日の光

朝の光がカーテンの隙間から差し込む。

いつもと同じ朝。

食卓にコーヒーの香りが漂い、トーストが焦げる匂いがする。

だけど、心の中は何も温まらない。


「今日、早めに出るからさ。弁当いらない」

悠介はスマホを見たまま言う。

「そう」

短く返す私の声は、自分でも驚くほど静かだった。


あの夜、泣きながら眠った。

もう怒る気力も、悲しむ力も残っていなかった。

ただ、“夫は変わらない”という現実だけが、私の中で形を持った。

彼は悪人ではない。

でも、他人の痛みに気づくことができない。

自分の世界の中心に、自分しかいない。

――それが、いちばん残酷だった。


食卓の向かいで、悠介はパンをかじりながらニュースを見ている。

その横顔を見ていると、不思議と何も感じなかった。

怒りも、哀しみも、もう燃え尽きた。

ただ、静かな海の底に沈んだような感覚だけがあった。


「いってきます」

悠介が靴を履きながら声をかける。

私は背中越しに「いってらっしゃい」と言った。

その声に、もう何の感情も乗っていなかった。


ドアが閉まり、家の中が再び静かになる。

その瞬間、私はようやく息を吐いた。

“この静けさこそ、私の居場所なんだ”と気づいた。


娘の寝顔を見に行く。

小さな手が、布団の上に乗っている。

そのぬくもりだけが、確かな現実だった。

私はそっとその手を包み込み、微笑んだ。


「大丈夫だよ。ママはここにいるから」

自分に言い聞かせるように、呟いた。

夫が変わらなくてもいい。

この子のために、自分のために、私は立ち上がる。


誰かに認められなくても、誰も気づかなくてもいい。

私が私を見つめて、生きていく。

それが“明日の光”なのかもしれない。


カーテンを少し開けると、朝日が部屋に差し込む。

その光は弱く、やさしく、確かに暖かかった。

私の中に、ほんのわずかに残っていた希望の欠片を、

静かに照らしてくれた。


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