じわじわと変わる意識
朝、いつもと同じ時間に目を覚ます。
けれど、心の中の何かが、ほんの少しだけ違っていた。
同じ家、同じ空気、同じ日常のはずなのに――
昨日より、少しだけ自分を大切にしようと思えたのだ。
朝食の支度をしながら、美沙はふと立ち止まる。
今までなら、夫と子どもを最優先にしていた。
「私が頑張らなきゃ」と、自分を追い詰めてきた。
でも、今朝は違った。
「まずは私のコーヒーから淹れよう」
それは、ほんのささいな行動だった。
けれど、その小さな順番の違いが、美沙の心を少し軽くした。
悠介は、相変わらず無自覚だ。
「これ、まだできてないの?」
その言葉に、以前なら胸がズキンと痛んだ。
でも今は、わずかに心の中で距離を取る。
「そうだね、今やってるところ」と淡々と答え、感情を流す。
反撃ではない。ただ、飲み込まない選択。
その一歩が、心の中の小さな変化だった。
洗濯を干すとき、空を見上げる。
いつもより風が冷たい。
けれど、その冷たさが心地よかった。
「私、まだ大丈夫だ」
そう思える瞬間が、ほんのわずかでも存在することが、何よりの救いだった。
午後、子どもが昼寝をしている間、美沙はノートを開く。
誰にも見せないページに、思いのままの言葉を書き連ねていく。
「疲れた」「苦しい」「でも、負けたくない」
それらの言葉が、静かに胸を整理してくれる。
書くことで、自分の気持ちを確かめる。
それは反抗でも逃避でもない、心を立て直す作業だった。
夜、悠介が帰宅し、「おかえり」と口に出す。
その声には、もう以前のような期待はない。
ただ、心の中で「私は私でいい」とつぶやく。
誰にも気づかれない小さな変化。
それでも、それが確かな前進だった。
静かな夜。
美沙は自分の手を見つめ、深く息を吐いた。
手のひらには、毎日の痛みも疲れも刻まれている。
でも同時に、その手が「まだ動いている」ことが、希望でもあった。




