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見えない家事、見えない私  作者: 櫻木サヱ
いつもの朝が重い

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2/29

俺手伝ってるじゃん

休日の午前。

 久しぶりに少しゆっくり眠れると思っていたのに、結局、いつもと同じ時間に目が覚めた。

 枕元には子どもの小さな足。いつの間にか潜り込んできたらしい。

 その寝顔を見て、微笑みながらも、頭のどこかで思う。

 「今日も、全部やるのは私か……」


 リビングに降りると、夫の悠介がソファに寝転んでスマホをいじっていた。

 「おはよ。今日は洗い物、俺がやっといたよ」

 そう言って、少し得意げに笑う。

 シンクを覗くと、確かに皿はきれいになっている。

 でも、排水口の生ゴミはそのまま。コンロの油汚れも手つかずだ。

 洗った皿を拭く布巾も、昨日のまま濡れた状態で放置されている。


 「ありがとう」

 そう言いながら、私は排水口のゴミをまとめる。

 悠介はテレビのニュースを見ながら、「俺、こういうの苦手なんだよな」と笑う。

 その“苦手”の一言が、胸の奥を静かに刺す。

 私だって苦手だ。得意な人なんて、たぶんいない。

 けれど、誰かがやらなきゃ家は回らない。

 だから私は、やる。文句を言う暇もなく。


 昼前になると、悠介が子どもに向かって言う。

 「パパとママで分担してるんだよ。パパも手伝ってるでしょ?」

 “手伝う”。

 その言葉の響きに、また心がざわつく。

 ――手伝うって、何? 誰の家? 誰の子?

 それとも、家事と育児は私の“担当”で、あなたは“応援”なの?


 声には出せない。

 この言葉を出した瞬間、空気が凍ることを私は知っている。

 「俺だって頑張ってる」「仕事してるのに責めるな」

 その先にあるのは、いつもの平行線。

 だから、今日も飲み込む。

 飲み込んで、洗濯機を回して、子どもの服を畳む。

 “手伝い”では終わらない現実を、淡々とこなしていく。


 午後。

 子どもが昼寝をしている間、私は掃除機をかけていた。

 悠介はソファでゲームをしている。

 「なあ、美沙。俺の飲み物、どこ?」

 「冷蔵庫にあるよ」

 「取って?」

 思わず手が止まる。

 掃除機の音の中に、自分のため息が紛れた。


 取りに行って、ペットボトルを差し出す。

 悠介は「サンキュ」と笑いながら、ゲーム画面から目を離さない。

 その横顔を見つめながら、心のどこかで自分が遠ざかっていくのを感じた。

 この人は悪人じゃない。

 ただ、見えていないだけ。

 私の疲れも、家の中にある“名もない仕事”も。


 夕方、台所で夕飯の準備をしていると、悠介がまた言う。

 「俺、今日けっこう手伝ったよね?」

 その言葉に、笑顔を作る。

 「うん、ありがとう」

 でも、胸の奥で別の声が響く。

 ――“手伝い”じゃなくて、“一緒に”がいいんだよ。


 鍋の湯気の向こうで、まるで誰かの人生を生きているような気がした。

 私は妻であり、母であり、家の歯車。

 その中に、“私自身”はどこにいるんだろう。


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