無自覚パワハラ
夕方、キッチンで夕飯を作っていると、悠介が突然声を荒げる。
「なんで俺の靴下、まだ洗濯してないんだ!」
その一言に、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
靴下一足で怒鳴るの? でも、言い返せない自分が悔しい。
疲れ切った体が、言葉を発する力すら奪っている。
「すぐやるって言ったじゃないか!」
悠介は自分の都合だけで怒りを爆発させる。
私の一日、何をしてきたかは考えもしない。
家事は当たり前、育児も当たり前。
その努力を見ようとせず、ただ不満を押し付ける。
言われるたびに、心の中で小さな声が叫ぶ。
――もう、やめて……
でも声に出せない。怒れば「疲れてる俺」を盾にされるだけだ。
押し付けられるプレッシャー、否定される存在感、積み重なる無理解。
それは無自覚なパワハラそのものだった。
子どもが横で遊んでいるのに、悠介の怒声は家中に響く。
「ママが怖い人に見えるんじゃないか……」
そんな不安も、胸の奥で膨らむ。
でも手を止めることはできない。
夕飯も片付けも、子どもの世話も、全て私の責任だ。
洗い物を終えた後、手の震えに気づく。
涙も出ない。
悔しいとか悲しいとか、感情がもう麻痺しているのだ。
ただ、心に深く刻まれるのは、夫の無自覚な圧力の存在感だけ。
夜、子どもが眠った後、リビングで座り込む。
静寂の中で、美沙は心の中の声に耳を傾ける。
――これが、毎日の“普通”なんだ。
疲労、孤独、無理解、無自覚パワハラ。
誰にも認められず、誰にも助けを求められず、ただ日々が過ぎていく。
でも、少しだけ思う。
――明日も、この日常をこなさなくちゃ。
希望はなくても、家族のために、体が動く限り、私は動き続けるしかない。
美沙は静かに深呼吸し、再び立ち上がった。
心の奥に刻まれた疲労と圧力を抱えながら、また一日を乗り越えるために。




