夫の無自覚
玄関のドアが開く音に、今日も心臓が少しざわつく。
「ただいま」と声はするけれど、その声には温度がない。
悠介はバッグを置き、コートを掛けるのもそこそこに、ソファへ直行。
スマホを取り出し、テレビの音を大きくする。
「今日、寒かっただろう? 暖房は……」
問いかけても返ってくるのは、曖昧な笑いと「うん、つけてないな」で終わる。
気遣いのかけらもない。
小さなお願いや、日常の不満は、いつも流されるだけだ。
「俺だって仕事で疲れてる」
その言葉は、まるで盾のように、私の心の疲れを遮断する。
夕飯の準備をしながら、心の中でため息をつく。
手を伸ばせば届く距離に夫がいるのに、まるで心は他人のように遠い。
「もう、気づくことなんて期待できないのかも……」
小さな声でつぶやく。
どれだけ疲れて、どれだけ孤独を抱えても、悠介には見えていない。
いや、見えないのではなく、見ようとしていないのだ。
子どもは元気に遊んでいる。
その笑顔を見ると、少しだけ救われる気がするけれど、胸の奥は冷たいままだ。
「家族」と一緒にいるはずなのに、私は一人で戦っている。
料理を運ぶ手が少し震える。
夫はその震えに気づかず、スマホの画面に集中して笑っている。
夜、食後の片付けをしている間も、悠介は横でテレビを見ているだけ。
「手伝おうか?」の一言もない。
その無自覚さ、無関心さに、胸がぎゅっと締めつけられる。
疲れは身体だけでなく、心まで蝕んでいく。
そして美沙は心の中で、静かに、しかし確実に思う。
――私のこの疲労や孤独、誰がわかってくれるんだろう。
夫は変わらない。
期待しても無駄だとわかっている。
でも、この現実に慣れなくてはいけない自分が、さらに疲れを重ねる。
夜が更け、子どもが眠る。
静かになった家で、美沙はまた一人、心の重さを抱えながら、食器を片付ける。
無自覚な夫の存在が、今日も胸を押しつぶした。




