10話
公園の方に歩いて10分くらいの所、狭い道、しかしちゃんと手入れされた道に入っていくといきなりお店が現れる
〔鬼肉〕
店の看板を見て
「鬼肉って知ってる、なんか結構あるよね」
シンがそう言って「ん?」と言う、エルとヒルがシンを覗き込む
「ここって人族オッケーだっけ?」
この言葉にシン以外の9人が凍り付くが
「早くいらっしゃ〜い」
アヤノの母親が店の入り口で呼んだので
足早に向かうことにする
店の中は、入った時にかしこまってしまう、知らないけども懐かしい古い店舗って感じで、カウンターが10脚、6人掛けの座敷が5となっていた
カウンターの中ではゆったりと男性と女性が何か準備していた
「お邪魔します」
シンが声を掛けてアヤノ以外は、次々と挨拶をする
「いらっしゃいませ、ちょっと待ってて頂戴ね」
年配の女性が手を止めてシン達に声を掛けて
「アヤノー!席間違えないでよー!」
店の奥からアヤノの母親の声がする
「はぁい!リン、ルカ、カヤ、ポーはコッチで、あとはそっちね!」
6人掛けの座敷に振り分けていく
「んで、シンはコッチ!」
とカウンター席の1つを床あたりのボタンを押して引っこ抜く、店の奥に持って行って、代わりの椅子をアヤノが持って来て、抜いた所にはめ込んで行く
「ヨイショと、ハイ完成!」
年配の男性が包丁を研ぎ始め、シュッ!シュッ!と言う音が響く
「え?シン用の特別席!」
確かに元あった椅子では座ったらシンはカウンターから頭も出ないかもしれないけども見た目がお子様用の椅子なのだ
ルカがスッとシンに近づいていき、抱き上げると椅子に座らした、確かにシンがカウンターで食べるには最適の高さなのだが、見た目が完全にソレなのだ、皆んなは携帯を出して無言で写真を撮っている、カシャ!シャッ!カシャ!カシャ!シャッ!と言う音が響く
アヤノの両親も店の奥からカウンターの中に出て来て座っているシンを見ている
「どう?シン?」
アヤノが笑いを堪えて言うとシンは手すりの部分、少し背をもたれさせたり、カウンターの鉄板から客席の間の木の部分を撫でて
「優しくてなんか良い」
シュイン!‥シュッ!シュッ!
アヤノの両親が音の方を見たので、シンも向こうとしたら
「いいでしょう」
年配の女性がクスクスっと笑いながら
「自慢の一品なのよ」
「えっ!肉屋さんなのに?」
アヤノの母親は笑いながら
「次は家具屋になろうかしらぁん」
とか言い出し、アヤノと一緒に笑っていた
「てか、写真撮るな!撮影禁止!」
椅子をぐるっと回して座敷に向かって言った
「皆様のお相手は私達夫婦が勤めさせて頂きます」
年配の男性と女性が座敷に座る皆んなに向かって頭を下げて、皆も頭を下げる
シンはそっちを見て「私だけコッチ?」と言おうとしてカウンターの方を見ると自分よりデカそうな肉の塊が鉄板にドン!と乗ったので絶句する、アヤノの父親が包丁で素早く肉の塊を切り分けていきでかい皿に盛っていくとその皿をカウンター越しにアヤノの母親から年配の女性へと渡されて年配の男性が座敷の鉄板で焼き始める
オーという歓声と共に座敷では肉食達が待ちきれないっていう気配がヒシヒシと感じる
シンの前にある肉が小さくなり、アヤノの父親が包丁からコテに持ち換えて肉を焼いていく、コテに対して肉は小さいが別に苦にしている様子でもなく鉄板の上で肉が焼かれていき、シンの前にある小皿にスッと置かれた
「好みもあるけど最初はそのまま食べてみて」
アヤノの母親は野菜をサッサッとと切り分けながらシンに話しかける
「いただきます」
シンは箸で肉をつまみ、フーっと息を吹きかけてさましてからパクッと食べて飲み込んで何も喋らなかった
「どう?」
アヤノの母親が問うと
「最高です」
「でしょう」
笑い合った、アヤノの父親が色々な肉を次々と焼き、食べ頃になったらシンの前に置かれた皿に盛っていく、食べる速度に合わせて間を置いたりしながら、アヤノの母親は野菜を切って座敷の方に渡して年配の女性が野菜の説明をして焼いてる、年配の男性は肉食の食べ盛りを相手に慣れた手つきで焼いている
「こうやっても美味しいわよ」
アヤノの母親が焼き上がった肉を野菜に包んでくれたり、ご飯と肉じゃがを出して来たり、タレを追加したりしてくれたりとシンが食べるのを邪魔せずに欲しいものをくれる
だが、座敷の方がこれからだ!って時にシンは満腹になってしまう
「大丈夫?」
アヤノが近づいて来てそう言う
アヤノの両親はシンの状況を察してか、料理を出しておらずデザートのケーキを冷蔵庫から出している
「幸せ‥‥」
「でしょう」
なんかさっきも聞いた気がするけど、今は余韻に浸ってボーッとしたい、次のケーキに向かってあたまを休めていたい、背もたれにダラーと体を預けながらどこか虚空を見る
「どれがシンのお好みだった?」
アヤノが聞くとシンはカウンターの空になった小鉢を指差して
「‥‥肉じゃが、どうしよう、お母さんのしばらく食べたくないかも」
グッ!と年配の男性から変な音が聞こえた
アヤノの母親と年配の女性が笑い出して
アヤノの母親はアヤノの父親の背中をバシバシと叩きながら
「アンタの肉より私の肉じゃがだってさ」
「それはシンちゃんのお母さんに悪い事しちゃったわね、謝らないと」
年配の女性がシンに言うとハッとした感じで背もたれから体を起こして
「いや、あれ!謝んないでいいです!アヤノ!私に何聞いたの?」
それを聞いて座敷の皆んなが
「本心を聞きました」
とか言っている、突然アヤノの父親がガバッと顔あげて口を大きく開いて笑っている、笑い声が小さくて聞こえるか聞こえないほどだけど、アヤノの父親はアヤノの母親に寄って行き、なにやら言った後に店の奥に言ってしまった背中と肩を震わせながら
「うわー、今日はお父さん使用不能だわ」
アヤノがそんな事を言うとアヤノの母親が真っ赤になり、目を潤ませながら
「ごめんなさいね、あー旦那からの伝言で「妻の料理は最高だ!俺もそう思う!」だってさ」
んで、サッとシンの前にケーキを出して店の奥に行ってしまった
「お母さんも使用不能になっちゃったか」
アヤノが言うと年配の女性が
「アヤノ、妹がいい?弟がいい?」
「みんなの前でやめて!恥ずかしいから!」
年配の男性以外が笑い、食事が続いていく
「どうでしたか?直接見た感想は?」
ここは店の奥、住宅がくっ付いている店舗の為、店の奥は広めの居間になっている
年配の女性が大きめのテーブルにお茶を入れた湯呑みをTVの画面を見ている年配の男性の横に置く
「なっとらんな、客の前での態度では無い」
年配の女性はクスクスと笑い
「そっちは後で叱るとして、どうでしたか?」
年配の男性はテーブルとは反対の方向にある箱を引き寄せて蓋を開ける、中にはキセルがあり、慣れた手つきでジャグを詰めて火をつける
キセルを咥えて口に煙を溜め込み、煙を吸い込むとプカっと煙を吐き出して
「今度くる時は10日前に知らせるように言っておけ」
年配の女性は目をスッと細めて
「余程気に入ったのね、アヤノに言っておくわ」
年配男性はまたキセルをくわえて
「焼きもん屋に来て、煮物が良いとは世間というものを教えてやらんとな」
「あら、さすが優しい椅子を作るおじいちゃんです事、おやさしい、おやさしい」
ゲホゲホっと咽こむ年配男性を見ながら年配女性は自分のお茶を飲む
「その試合、本当にお気に入りなんですね」
年配男性が見ていたTVの画面はバレー全国大会の3回戦の再生動画
年配女性は画面に映る試合を見ながら思い出す、孫のアヤノが苦戦したと勝てたのは運だった、そんな言葉を口にしていた、4連覇してくるっと言って出て行った孫がそんな事を言うのだ、正直、孫の試合は見ていない、二つ名持ちが3人のチーム相手なんて誰がやる気が出ますか、私がやっていた時だって相手に1人いたら負けても皆んなが称えてくれた、よくやったとかね、動画をアヤノからもらって見た夜は笑ったわ夫婦で!久しぶりに!こんな子がいたなんてね、敗色濃厚どころでは無く敗北は確実、仲間はレベルが違ってやる気無し、結局は負け、戦力と技術共に天と地
別に判官贔屓とか、そう言う意味でなく、食らいつく気概と姿勢
絶対に挑む者、鬼は好きなのよねそういうの
アヤノの今までの試合を見ても相手側は明らかにやる気をなくしていってていう
来年はコッチに来てくれないかしら、二つ名は持っていないけども双璧と並び立つ姿を見て見たいわ
ちょうど画面の試合が終わって、年配男性がキセルを箱にしまい出した
「予定の客を迎えてしまうか」
「そうね、次は焼き物が美味いって言う客よ」
グッ!年配男性から変な音が鳴る
「あら、我慢しなくても良いのに」
「仕事中はやめてくれ」
年配男性からの敗北宣言に気分がよさそうにコロコロと笑う年配女性がいた