10-2・カラスに入った小さいオッサン
-翌朝・粉木邸-
「燕真~~~!!朝だぁぁ~~~~!!!おっきろぉぉ~~~~~~~~~!!!」
嵐が到来した。毎度のことなのでもう慣れたが、最近は「お邪魔します」すら言わずに上がり込む。土日に怒鳴り込んでくるのは諦めが付くとしても、困ったことに平日まで「自分が目覚めた時間」次第で押し掛けてくる。来ない時は、本人が寝坊をした時なのだろう。
クソ騒がしい金切り声の主が、バタバタと足音を立てながら廊下を走り、ノックもせずに俺が間借りしている寝室の障子戸を開ける。
「燕真~~~~~~~~~~~~!!・・・・・・ぁれ?」
「朝からうるせ~!ボリュームを半分に下げろ、紅葉!」
いつもなら、この‘鳴る時間が不特定’な、強烈なアラーム(たまに来ないので鳴らない)に無理矢理起こされるのだが、今日の俺は台所にいる。紅葉が足音を立てて駆けてきた。
「どぅしたの?台所で寝たの!?もしかして、また、まさっちに追ぃ出された!?」
「チゲ~よ!もう起きてんだよ!俺が早起きしちゃ悪いのかよ!?
・・・てか、先ずは『おはようございます!』だろう!?」
「あっ!そっか!おはよ~!
もう起きてるなんて珍しいじゃん!!」
「たまには、こんなことだってある!」
紅葉に説明をするつもりは無いが、不安であまり眠れなかったのだ。
「じいちゃん達ゎ?」
「庭の蔵だ。」
狗塚と爺さんは、ロクに睡眠も取らずに、交互に土蔵に籠もって銀塊の霊封や護符作りをしている。マスクドウォーリアに対する打開策が無い以上、今ある戦力を充実させるしかない。
「燕真ゎ何やってんの?」
「見ての通りだよ!」
その様な状況で寝転がっていることはできない。俺にはできないことを励んでいる爺さん達の為に、簡単な朝食を作っている。
「ね~ね~、燕真?
じぃちゃんのぉうちの前の電線に、トリみたぃな人がいたんだけど、何だろね?」
「鳥みたいな人?妖幻ファイターを装備した狗塚か?」
狗塚(妖幻ファイター)が、格好良くポーズを決めて、電線の上に立っている姿を想像する。
「ん~~~~そぅ言うんぢゃなくて、形ゎカラスなんだけど、中身が人なの。」
「カラスの着ぐるみを着た人?・・・電線に?」
カラスの着ぐるみを着た人が、必死になって電線にしがみついている姿を想像する。
「変質者か?警察に通報でもすれば・・・」
「違ぅ違ぅ!形ゎ普通のカラスなの!でも、中身ゎ人なの!」
「普通のカラスの中に人間が入っているのか?」
カラスって、全長50センチくらいだよな?カラスの中に小さい人が潜り込んでいる姿を想像する。
「ぅん!そんな感じっ!」
「どんな感じだよ!?そんな小さい人間なんているわけ無いだろう!!」
「でも、妖怪とか、そぅ言ぅのとゎ違ぅみたぃだからさ、やっぱり人なんだょね。
燕真、アレが何なのか知らなぃ?」
「・・・・・知らね~よ!先ずは、オマエの言ってることが理解できない!」
「もぉ~~~!何で解らなぃの!?・・・こっちこっち!」
「・・・お、おいっ!」
紅葉に腕を引っ張られて、駐車場に連れ出される。紅葉の指さす方を眺めると、電線の上に正真正銘のカラスが止まっていた。どこからどう見れば‘人’なのか、全く解らない。
「ねっ!人でしょ!?多分、ガィコクジンだょね!?」
「カラス・・・・・・だな?」
「燕真、眼が悪ぃの?」
「オマエの頭がおかしいんだっ!!」
「ん~~~~~~~~~・・・じぃちゃん達なら解るかな?」
数分後、紅葉に連れ出された爺さんと狗塚もカラスを眺める。
「ねっ!人でしょ!?多分、ガィコクジンだょね!?」
「カラスだよな?」
「カラスやな。」
「カラスですね。」
「ん~~~~~~~~~~・・・なんで解らなぃの?
エダマメみたいな顔したスマートなガィコクジンのオッサンぢゃん!!」
「・・・外国人?」
「大魔会の離反者か?」
「・・・てか枝豆?」
電線に止まっているのは、どう見てもカラスだ。「枝豆みたいなオッサン」と言われてもピンと来ない。だが、「外国人」と聞くと思い当たるフシがある。夜野里夢は「40~50カ所くらいなら監視できる」と言っていた。離反者が同じことをできても不思議ではない。何らかの方法でカラスを手懐けて、俺達を監視しているのかもしれない。
「・・・と、とりあえず朝飯にしようか。」
「そ、そうやな。」
紅葉を巻き込みたくない。直ぐにでも爺さん達と大魔会離反者の対策を相談をしたいが、咄嗟に誤魔化し、平静を装って朝食を共にする。20分後、紅葉の登校を見送り、「待ってました」と言わんばかりに打合せ開始。
「カラスの中に枝豆みたいなオッサンだってさ。どう思う?」
「些か信じがたいが、有り得ない話ではあるまい。」
「監視をされていることを前提にして行動するべきやろうな。」
警戒は必要だが、「先手を打たれた」と恐れて宅内に籠もっているわけにはいかない。
「助っ人は?」
「明日には来るはずや。」
本社に戻った砂影の婆さんが、早急に援軍の手配をしてくれることになっている。
「鬼討伐の時みたいに、到着前に倒されるなんてのは勘弁してくれよな。」
「今回の援軍は、滋子が信頼をするエースクラスの実力者や。」
攻める作戦を考えるのは戦力が整ってから。今は文架市の防衛を最優先させて、昨夜の打合せ通り、市内(学校周りが中心)の巡回を開始する。
-18時過ぎ-
日が暮れてしばらく経つ。昼飯抜きで一日中巡回をしたが、異常は何も見付けられなかった。厳密に言えば、俺には余程の異常事態にならない限りは‘感覚的な異常’は感じられないので、離反者の男達を探すしかないのだが、影も形も見ることができなかった。
「狗は何か見付けられたかな?」
狗塚に連絡を取る為にポケットからスマホを引っ張り出したのだが、画面に触れた途端に紅葉からの着信が入ってきた。
「あっ!やべっ!」
紅葉からの着信は17時前(紅葉がバイト入りをした直後)から、何度も入っており、ずっと無視をしていたのだが、つい通話状態にしてしまった。仕方が無いので応じる。
〈燕真っ!どこで何やってんの!?なんで、ァタシゎ抜け者!?〉
「ワリィ!後にしてくれ!」
紅葉を巻き込みたくない。何をどう説明すれば良いのか考えが纏まらず、とりあえず、忙しいフリをして一方的に通話を切った。
「まぁ・・・これで、おとなしくしてくれるとは思えないけどな。」
案の定、直ぐに紅葉からのリダイヤルが入ってきたが、鳴りっぱなしのスマホをポケットにしまい、バイクをスタートさせて捜索を続行する。