1-2・粉木勘平
-YOUKAIミュージアム-
その建物は鎮守の森公園から南側に500m程度離れた陽快町にひっそりと建っていた。掲げている看板は立派だが、それほど知名度の高い博物館ではない。建物の面積は各階100㎡程度の2階建てと、極端に狭いわけではないが、ミュージアムと呼べるほど広いわけでもない。正面には車が5~6台駐められるくらいの駐車場がある。
妖怪好きの老人が趣味で始めた個人経営の博物館で、妖怪が描かれた掛け軸、館長が作った子泣き爺の像、市販品の妖怪のフィギュア、有名な妖怪漫画のパチモンのグッズ、館長いわく妖怪が宿っている石、館長いわく妖怪が宿っている刀、館長いわく妖怪が宿っている人形、妖怪とは全く関係無い古い巻物等々が陳列をしている。
週末に数組程度の市外の客が見に来てガッカリして帰る。場合によっては一通り見学を終えた客に「YOUKAIミュージアムは何処ですか?」と聞かれるような有様だ。ここ数年は、ドサクサに紛れて、TVゲームやアニメで有名になった妖怪作品の玩具やガシャポンを扱っている為に辛うじて利益を保っている。
その事務室で、一仕事を終えた今風の容姿の青年がソファーにドッカリと腰を下ろし、テーブルを挟んだ向かい側に座っている上司の老人に、息を弾ませながら報告をしていた。
「初任務だったからチョット緊張しちゃったけどさ、楽勝だったよ。」
俺は佐波木燕真。超ザックリと説明するなら、先程大活躍をした妖幻ファイターの中の人だ。館長の粉木勘平と組んで妖怪退治の仕事をしている。
俺の所持する時計形変身アイテム=YOUGENウォッチは、俺が所属をする怪士対策陰陽道組織(通称・退治屋)で開発された最新鋭のシステムで、閻魔大王の力が封印されているらしい。本来ならば、最新のYOUGENウォッチが優先的に支給されるのは本社勤務のエリートや幹部候補生達で、地方勤務の隊員には旧式のYフォンが宛がわれる。 何故、俺に最新システムが支給されたのかは解らないが、おそらく、上層部が俺の才能(潜在能力含む)を見込んでくれたのだろう。
文架市は「古の時代に地獄と繋がっていた」なんて噂があるらしいが、何処からどう見ても普通も都市だ。そんな物騒な迷信が事実とは思えない。そもそも、そんなヤバい地域に、ド新人の俺が配属されるなんて有り得ないだろう。
この職業を選択した理由は「成り行き」と「ほんのちょっとの正義感」。基本給の他に、命を賭して妖怪を退治すれば臨時ボーナスがもらえるのだが、あんな簡単な任務で特別手当がもらえるなんて、少し申し訳なく感じてしまう。
「駄賃や。」
「どうも!」
妖怪退治は今夜が初めてだ。「1匹倒せばいくらになる?」と期待をしながら、粉木の爺さんが差し出した封筒を受け取る。楽勝仕事だったから‘万単位’は考えられないが、「美味しい食事ができる金くらいは期待できそう」と想像しながら中身を確認する。だが、中から出てきたのは、10円玉が2枚。
「なぁ、粉木の爺さん・・・札、入れ忘れてんぞ。」
「忘れておらん。そいで全部じゃ。」
「・・・・・・・・・・・・はぁ?報酬20円て。
粉木ジジイが生まれた頃なら20円は大金だったかもしれないけど、
今の時代じゃガキのおやつ代にすらなんね~ぞ。」
「誰が子泣き爺やねん!・・・貰えるだけでもありがたく思わなあかんで、燕真!
見てみいや!今回の出動に掛かった経費や!ワシの世話役代考えれば赤字やで!」
爺さんがテーブルの上に置いた報告書類と先程妖怪を封印したメダルを眺める。
+出動費(退治査定込み)
+民間人救助費(成功)
+妖怪封印後のメダル価値
-出動時のマイナス査定(デコピン+女性放置)
-空白メダル作成費
=20円
「・・・・・・・マイナス査定・・・デコピン?」
「被害者にデコピンしたやろ?」
「・・・え?ダメなの?」
「当たり前じゃ!治安を守る‘守護者’が民間人しばいてどうすんねん!」
「だって、あれは」
「ダメなもんはダメじゃ!それに、蜘蛛に憑かれたオナゴ、放置してきたやろ?」
「してね~よ!ちゃんとベンチに寝かせて来た!」
「風邪を引いたらどうすんねん?」
「んなもん知らね~よ!」
「キチンと保護せいや!」
「どうやって!?」
「此処に連れて来るんや!」
「気絶した女なんて拾ってきたら、かえって怪しいぞ!このスケベじじい!」
「誰がスケベじじいじゃ!」
「アンタだよ!」
「封印メダルかてただやない!こないなクズ妖を封印しても価値あらへんねん!」
「・・・クズ妖?」
「メダル見てみいや!妖怪封印で変色しとるけど、文字が浮かんでないやろ!」
「あぁ・・・うん」
「おまんが封印したのは本体が生んだ子妖怪や、オナゴに憑いとったんは子妖やで!
んなもん封印せんと退治せいや。
子妖なんぞいちいち封印しとっらた、メダル費だけで赤字やで。
封印すんのは消滅させられへん本体だけ。
子が封印されたメダルなんて無価値や。」
子妖とは、妖怪が生み出す配下のこと。一般的な人間よりは強いが、邪気祓いのスキルを持つ者にとってはザコ。
「それに『バイクは駐輪所に駐めろ』と言ったのに歩道に駐めたやろ?
もし警察に駐禁取られたりレッカー移動されていたら、給料から天引きやぞ。」
「メンドクセーー・・・!
赤字とかなんとか言うなら、先ずはこの胡散臭い博物館の赤字をなんとかしろよ!
こんな酷い集客力で、館内係員の俺の給料出るのか!?」
妖怪の退治屋は、普段は一般企業に勤めて、妖怪発生時のみに招集されるわけではない。だが、有事以外は、特にすることも無い。だから俺は、対外的にはYOUKAIミュージアムの従業員という肩書きで待機をしつつ、有事の際にはいつでも出動できる体制を整えている。
「オマン・・・受付に座ってスマホ弄って暇潰ししているだけで、給料をもらえると思っているのか?」
「・・・おいおい。」
俺は手の平にある初任務報酬の20円を眺めながら溜息をつく。これ以上話しても進展は無さそうだ。言いたい不満は沢山あるのだが、それ以上に気掛かりな事がある。
「さっきのは子妖?・・・なら本体が何処かに?」
「子が繁殖しているからには、子を憑かせた本体が、オナゴの周りにおるで!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「憑かれてたんは何処のオナゴや?明日からはオナゴの身辺調査やな!」
「知らね~よ!・・・あ!だけど、どっかの高校のブレザー着ていたな。」
「生活範囲は家、学校、友達・・・場合によっては塾やバイト先。
人が集まりやすくて子を憑かせやすい場所・・・一番可能性が高いのは学校やな。何処の高校や?」
「そこまでは知らね~よ!」
「なして知らんねん!?」
「俺が女子高生の制服に詳しい方がオカシイだろう!!」
「しゃ~ないのう・・・明日、その娘を見付けて突き止めや!」
「・・・俺が!?」
「他に誰がおんねん!?なんなら、学校で何かおかしい事がないか聞いてみてるのもアリやな!」
「・・・俺が!?」
「他に誰がおんねん!?
ほら見てみいや、憑かれた娘を連れてきて、事情を聞いておれば、
こない面倒な事にはならへんねん!」
「気絶した子をお持ち帰りしちゃったら、別の意味で面倒な事になんだよ!」
粉木勘平については、「本社で幹部をするくらいの実績はある」「特殊任務で文架市に派遣されている」とか、「トップと反りが合わずに左遷された」「女子社員にセクハラをして地方に飛ばされた」等々の噂は聞くが、実際は何も知らない。典型的な関西弁で、平時は常にフザケていて会話の所々に変なギャグを挟む。「粉木のジジイ」はOKだが「粉木ジジイ」と呼ぶと怒る。時々、相手をするのが面倒臭く感じるのだが、仕事上のパートナー件、上司になるわけなので、あまり邪険にもできない。
「・・・やりたかね~が、放置しとくわけにはいかない!解ったよ!」
言いたい事は多々あるが、それよりも今は‘本体’を突き止めて退治する方が大事。面倒臭いと思いつつ‘調査’の任務を受け入れた。