2-5・Yウォッチが無い
-PM1時過ぎ-
近所の小学生達が、YOUKAIミュージアムの駐車場を公園代わりにして遊んでいる。
「やれやれ、あんなにはしゃいじゃって・・・巫女さん仕様が台無しだな!」
紅葉は子供達の輪に入って、「きゃーきゃー」と騒ぎながら、携帯型ゲーム機で人気アニメゲームの通信プレイをやっていた。その様子は近所の子供達と同レベル。まぁ、小学生相手に一切の手心を加えずに、マジになってゲームに熱中するのは、どうかと思うけど。
どうやら、一方的に置いて行った事は気にしていないようだ。「小魚顔」の暴言が気になるが、次第にどうでも良くなってきた。
「あ~~~~・・・暇だ。」
俺は子供嫌いではないが、扱い方が解らないので、その輪に加わらずに眺めている。
「ん?アイツ、なに見てんだ?」
ガキ丸出しで大騒ぎをしていた紅葉が、生活道路を挟んだ向こう側を眺めている。つられて眺めるが、俺には‘いつもと変わらない町並み’にしか見えない。
「あの・・・なんかご用ですか?」
紅葉が敷地を出て道路を渡ろうとすると、慌ただしくクラクションを鳴らしながら、スピードを超過気味のダンプトラックが通過していく。
「なんだぁ?」
「けったいな車やのう!」
「ぅるさぃなぁ、もぅ!そんなにピーピー鳴らさなくても解るのにぃ!」
紅葉は、不満そうにダンプのテイルランプを見つめた後、再び道路を横断しようとして首を傾げた。
「・・・・・・・・・・・ぁれ?何処に行っちゃった?」
「どうしたんだ?金でも落ちていたのか?
道路を横断するなら、左右確認くらいちゃんとしろよな。」
突っ立ってる紅葉の脇に立って、軽く頭を叩いて注意をする。
「お金ぢゃないよぉ。おじいちゃんだよ。」
「・・・はぁ?」
紅葉につられて、もう一度、道路の対面を見る。だが、見えるのは‘いつもと同じ町並み’だけ。
「ひゃっ!」 パチン!
紅葉が背筋をピンと伸ばして、反射的に首筋を叩いた。俺は、その奇声に驚く。
「どうしたんだ!?突然悲鳴なんて上げて!」
「ごめん!虫がぃた!」
「虫?」
「ぅん、今、手で潰しちゃった!キモイ、サイアク!ほらっ!」
首筋を叩いた手の平を見せる紅葉。だが、其処に虫の残骸は無い。首筋を触るが、やはり残骸らしい物はない。
「ぁれぇ~・・・ぉかしぃなぁ~」
「オカシイのはオマエの頭だ!」
「ヒドォ!燕真にそれを言ゎれたらお終いってカンジなんですケドォ~」
紅葉が叩いた場所に顔を近付けて眺める。綺麗な首筋やうなじだ。鼻を楽しませてくれる良い香りは、紅葉が使ってるシャンプーの香りだろうか?どうやら彼女は、香水や化粧品で肌を偽るタイプではないらしい。
「どぅ?・・・ぃた?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ねぇ、燕真?・・・ぃたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あっ!」
慌てて首筋から視線を外して咳払いをする。僅か数秒間だが、小娘の健康的な色気に目を奪われてしまったのが恥ずかしい。
「む、虫なんて、何処にもいね~よ!」
「ぁれぇ~?ぉっかしぃなぁ~~?」
「気のせいだ、気のせい!」
「ん~~~~~~~~~・・・そっかぁ~~~。」
「おおかた、風に乗ってゴミかなんかが飛んできたんだろ!」
「・・・・・・・・ぁ!!」
唐突に、紅葉が手のひらを思い切り振るって、俺の頬に叩き込んだ。
「いってぇっ!!・・・何すんだよぉ!!?
俺、オマエに殴られるようなことしたか!?」
「燕真も頬に虫がくっついてたから・・・ほら!」
「何処だよ!?」
「ぁれぇ?また、ぃなぃ!」
紅葉が手の平を見せるが、先程と同じように虫はいない。単に、俺がビンタをされただけ。頬を摩りながら「なんて粗忽な女なんだ?」と大きく溜息をついた。
ピーピーピー!!!
事務室の警報機が、妖怪の出現を知らせる緊急発信音を鳴らす!
「・・・またかよ!?」
「今日は忙しいこっちゃなぁ!」
爺さんが事務所に駆け込んで、センサーから送られてきた情報を確認をする。紅葉の奇行が気になるが、今は妖怪対策が先だ。
「燕真、出現場所は、陽快町3丁目(ミュージアムは1丁目)!此処から直ぐや!!
詳細は解りしだい報せるよって、先ずは向こうてくれ!!」
俺がバイクが引っ張り出している間に、紅葉が博物館前に駐めておいた自転車で飛び出していく。
「3丁目だねぇ!ぉっ先に~~~!!」
舌打ちをしながらバイクに跨がり、紅葉を追う。だが、自転車を駆る紅葉は、小廻りを利かせて路地を細かく曲がって移動する為、あっという間に見失ってしまった。
「あのバカ!!一体なんのつもりなんだ!?」
だが、目的地は同じはず。紅葉を追うことを諦めて、幹線道で陽快町3丁目を目指すことにした。しばらく進んで赤信号で停車をしていたら、ポケットのスマホが着信音を鳴らす。確認をしたら、ディスプレイの発信者は‘会社’と表示されていた。
「どうした、じいさん?詳細が解ったのか?」
〈どうしたもこうしたもあるか!?なんで、Yウォッチに出ぇへんねん!?
いくら通信しても出ぇへんから電話したんや!!〉
「・・・あ、ワリィ、(左腕に)着けるの忘れてた!」
〈ボケェ!アホンダラッ!!オマン、任務中にどういうつもりや!!?〉
「ワリィって!直ぐに着けるよ!それより、どうしたんだ!?」
〈そう言う問題やない!気が弛んどるんや!!
まぁ、今、ゴチャゴチャ言うてもしゃ~ない!
その件は、あとでキッチリ話付ける!!
妖怪が出おった場所は、陽快町3丁目○番地付近や!!
今、道路工事中やから、行けば直ぐ解る!!〉
「了解・・・直ぐに行く!」
通話を切り、Yウォッチと和船ベルトを入れてある専用収納スペースに手を伸ばす。どのみち緊急時は基本的にバイク移動なので、ミュージアムで働いている平常時はバイクに収納しておくのだが、紅葉の暴走に慌ててしまって装備するのを忘れていた。「性根が据わっていない」と非難されても反論のしようがないと感じる。
「・・・ヤベっ!マジか?」
いつもの場所にウォッチもベルトも無い。何度も探すが、どう見ても無い。拙い、何処に置いてきた?自宅アパートか?粉木宅か?博物館事務所か?「装備するのを忘れていた」なんて次元のミスではない。
「まぁ、なんとかなるだろう!
最悪、バイクで体当たりをするくらいは出来るはずだ!!」
立ち止まって頭を悩ませている時間など無い!現場に到着してから、その後の事を考える!ヘルメットを被り直して、再びバイクを走らせた!