2-3・俺は0点
-土曜日・AM8時-
バイクでYOUKAIミュージアムに到着。生活力の低い俺は、毎日、博物館の隣にある粉木邸で、まかないを頂戴しているのだ。
「おはよーっす」
挨拶をして玄関に上がり込む。家主から「どうぞ」との返事は無いが特に問題は無し。俺が許可無く屋敷内を彷徨く無礼など、爺さんは全く気にしていない。
「おす!」
「おはよーっす」
「チィ~~~ス!」
台所に行くと、いつものように爺さんは老眼鏡を掛けて新聞を読んでいた。俺は爺さんの向かい側に腰を掛ける。ほどなく、可愛らしい笑顔の少女が、皿に乗った黄身が半熟の目玉焼きを、俺の前に置いた。
「半熟2個でぃぃんだょね、燕真!」
「おう、サンキュー!・・・・・・・てか、俺は年上だぞ!『さん』をつけろ!」
いつものように、テープルの上にある塩を目玉焼きに降りかけてから頬張った。・・・が、ちょっと待って欲しい。何かがオカシイ。ジッと周囲を見回して、今置かれている状況を確かめる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どぅ?美味しぃ、燕真?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ぶっ!」
目の前に立っているツインテール少女と目が合った。途端に、口に入れたばかりの目玉焼きを吹き出してしまう。
「うわぁ!ゲロはぃた!!きったねぇ!!」
「ゲ、ゲロじゃねぇ!なんでオマエがここにいるんだぁっ!」
昨日まで、この食卓にいなかったはずの少女が、さも当然のように朝食会に参加をしているんだから、驚いて当然だ。
「言うたやろ。『今回だけで済むとは思えん』てな。」
「だからって、なんで当たり前のようにここで飯を食ってる!?」
「ゃること無ぃから、博物館のお仕事、手伝ってぁげるょ!」
「来てもうたもんは仕方があれへんやろ。」
「受け入れるなよっ!」
「だいたい、なんで俺の名前を知っているんだよ!?」
「ジイちゃんに聞いたからだよっ!ヨロシクね、燕真っ!」
「『さん』をつけろ!俺は年上だぞ!」
少女の名は源川紅葉。予定していたバイトが無くなってしまい、暇になったので遊びに来たらしい。
退治屋は一般人を巻き込まない様に心掛けている。事件解決の過程で情報を聞き出したり、妖怪から救出した被害者を保護する事はあるが、退治が終わればアカの他人として二度と接点は作らない。それなのに、終わったはずの事件に係わった民間人が、こうも簡単に踏み込んできて良いのだろうか?とても不満なのだが、上司が受け入れているので、ハッキリとは批難が出来ない。
「暇だからって、何で此処に来るかねぇ~・・・
なぁ、じいさん・・アイツのバイトって?」
「なんやよう解らんけど、ファーストフードでバイトをしていたんやけど、
昨日クビになってもうたんやて」
「・・・クビ?・・・で、一体、何をやらかしたんだよ?」
「店長にに粗相をしおったんやと!
・・・そうやなぁ、お嬢!?」
紅葉は、キッチンに向かいながら頷く。着る物選ばずと言うべきか、改めて見てみると、制服姿もなかなか良いが、私服&エプロン姿もかなり可愛らしい。
「30代のオッサンなんだけどさぁ~。
昨日、ァタシに言い寄ってきたんだよね~。」
「それで、断ったらクビになったってか?
訴えたら勝てるんじゃね~か?」
「ん~・・・そうぢゃなくてね。
断ったの超しつこいから、
ムカ付いて近くにぁったパィプ椅子で10発くらいブン殴ったの。
そ~したら、二度と来るなって言ゎれちゃったぁ~。・・・テヘッ♪」
僅かに表情をしかめて小さく舌を出して「テヘッ」をする紅葉。その表情はもの凄く可愛らしい。きっと、喋っている内容が凄まじく暴力的じゃなければ、ハートを撃ち抜かれているだろう。
「テヘじゃね~だろ・・・。訴えられたら負けるぞ。
よ・・・よく、クビだけで済んだなぁ。」
「ぁ~ぁ!クソォヤジのセクハラを拒否しただけでクビなんて、信じらんなぃ!」
「俺はオマエが信じらんね~よ!
・・・なぁ、粉木のジジイ、アンタからも何とか言ってくれよ!」
半ば呆れ顔で粉木の爺さんに同意を求める。・・・が、爺さんは、まるで‘何をやっても許せてしまうくらい可愛い初孫’でも眺めるかの様に、目尻を下げて、鼻の下を思いっきり伸ばして、紅葉を眺めていた。「テヘッ」にハートを撃ち抜かれちゃったらしい。
-AM9時-
YOUKAIミュージアムの開館までは、まだ1時間ある。集客力のある博物館ならば、もう準備を始めるのだろうが、此処は例外だ。朝一で訪れる客などいない。・・・と言うか、客が来ない。
粉木宅の居間でコーヒーを飲んだりテレビを見ながら、開館までの時間を潰す。
「そういや、オマエ、『なんとなく妖怪の隠れてる場所が解った』って言ったよな?
しかも、2~3日前から異変に気付いていたんだよな?
そ~ゆ~の、頻繁にあるのか?」
「妖怪見たのゎ初めてだよっ!!」
「霊的なモンも見えるのか?」
「霊ゎ、たまに見るよ!ポワ~ンとなってぃて、なんとなくミョ~ッとしてぃるの!
ぃるってのを解ってぃて気持ちを集中させれば、シャキィ~ンて感じかな?」
「ぽわ~ん・・・みょ~・・・しゃき~ん・・・・何だそりゃ?」
「燕真ゎどんなふぅに見ぇるのぉ!?」
「え!!?」
「だって、妖怪退治のお仕事してるんだから、そーゆーの見えるんでしょ?」
「え!?・・・あぁ・・・う、うん・・・見える見える!
ぽわ~んで、みょ~で、しゃき~んみたいに!!」
「ほぉ~~~~・・・初耳やな。霊感ゼロの燕真にも霊が見えるんか?
絡新婦から、あれほど強烈に威嚇されてんのに全く気付かなかったのにな。」
「霊感・・・ゼロ?」
「そや、ゼロや。」
ジジイの指摘通り、俺は霊的な物を全く感じない。美少女の前でチョット格好を付けたかった。その程度の軽い気持ちで虚勢を張っただけなのに、思いっ切り面子を潰されてしまった。
「燕真・・・0点・・・なんだ?」
「せや、れい点や。」
「何でそんなのが妖幻ファイターに?」
「さぁ・・・それがワシにも、よぉ解らんねん。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
紅葉とジジイのドン引きしながら俺を見つめる視線が、とても痛い。そもそも論として、霊感の無い俺が、適応力ゼロとしか思えない妖怪退治の仕事をしているのか、俺自身が解っていない。