2-2・源川紅葉
-数分後・YOUKAIミュージアムの事務室-
俺は、ソファーに座ったまま呆けていた。テーブルを挟んだ向かい側のソファーには、ツインテール少女がチョコンと腰を掛けて、粉木の爺さんが煎れたコーヒーを飲んでいる。つい先程まで、約15分間ほど、博物館の出入り口を挟んで「入れろ」「帰れ」の下らない言い合いが続いていたが、見かねた爺さんが招き入れた。博物館の見学に来たのではなく、俺に用があるらしい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
お互いに聞きたい事は山ほどあるのだが、何から聞けばいいのか整理が付かない。しばらくの沈黙の後、爺さんが少女の隣に腰を下ろした。
「お嬢ちゃん、学校は終わったんか!?」
「ん~~~・・・ホントならまだ授業中なんだけど、今日ゎ休みになっちゃったぁ!
今、学校にゎ、ぉ巡りさんがぃっぱい来てるょ!」
「生徒や先生が集団で気絶しとるんやさかい、警察沙汰になんのは当然やな。
そんで?生徒さん達はみんな帰ったんか?」
「ぅん。入院した子もぃるけど、殆どの人ゎぉ医者さんの診察だけ受けて帰ったょ!
そ~いえば、歯が折れたり、鼻の骨が折れたり、
鼻血が止まらない人がいたなぁ~。」
「そりゃ、オマエにモップでブン殴られたからだろうに!」
「お嬢ちゃんみたいに憑かれんかった子は他にもおったんか?」
「ァタシ以外にも異変に気付ぃて隠れてぃた子ゎぃたみたぃだょ。」
「他の子ぉは隠れとったんやな。
憑かれへんまま逃げ廻っとったのはお嬢ちゃんだけか?」
「よくワカンナイけど、多分・・・。」
「怖かったやろう?」
「ぅん。でも、60点が助けてくれたからダイジョブだよ。
2~3日前から学校が変な感じがしたんだけど、蜘蛛のオバケの所為なの?
ジイちゃん達が助けに来なかったら、もっと大変なことになってたの?」
少女の‘不安の吐露’は当然だろう。退治屋駆け出しの俺でも、「2~3日前から続く変な感じ」こそが絡新婦が学校に憑いた事を意味しており、妖怪を野放しにしていたら犠牲者が出ていたことくらいは解る。少女の不安を煽らず、且つ、「退治屋の存在を曖昧にしたままで、どう伝えるべきか?」と言葉を選んで思案をする。
「お嬢ちゃん・・・
なんで、蜘蛛の化けもんを倒したのがコイツ(燕真)って知っとるの!?」
「ん~~~~~~~~~~雰囲気が似てぃたってゆーか、
なんとなくそう思ったから・・・かな。」
「なんとなくて・・・なんちゅう勘の鋭さや?」
「ぁと、60点の乗ってぃる100点のバィクと同じだったから!」
「60言うな!!」
「バイク100点・・・解んの?あのバイクの良さ!?」
「解るょぉ~!西陣織と九谷焼、最高だょねぇ~~!」
「のほほぉ~~~~!嬢ちゃん、ええセンスしとるで!」
「支給されたバイクの所為でバレたのに、俺がマイナス査定されんのか!?」
「あとねっあとねっ!ァタシが‘60点’て話し掛けたら、フツーに返事してたよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なるほど、それはバレて当然だ。そう言えば、戦闘中、ずっと「60点」と呼ばれていたような気がするけど、一切否定をしていない。
「ところでさっ!学校で戦った時の赤いヨロイ(妖幻プロテクター)ってな~に?
あんなゴツゴツしたの、いっつも持ち歩いてるの?
それとも、戦う時だけ基地から持ってくの?
でも、基地から持ってくなら、事件が起きるたんびに、
いちいち基地に来なきゃならないから戦いに行くのに時間がかかっちゃうよな?」
「左腕のYOUGENウォッチに収納されてんだよ!」
「えぇぇっっっ!?あんなゴッツいヨロイが時計の中に入ってるの?
金とかプラチナよりも密度が高いってこと?
なら、その時計メッチャ重くね?手の平サイズなのに100キロくらいあるの?」
「そんなに重かったら日常生活が不便で仕方無いだろうに!」
「でもでもそれぢゃ、質量保存の法則をガン無視ぢゃん!」
「Yウォッチが発する妖気が、
空中にある何らかのエネルギーと結びついてプロテクターをになるんだ!」
「なにそれぇ~!意味ワカンネ~~!『何らかのエネルギー』ってなぁに?」
「そ、それは・・・だなぁ・・・。」
よく解ってないんだから説明できるわけがない。表情を引き攣らせる俺を見て、粉木の爺さんは呆れ顔をして「変身ヒーローとはそういうものだ」ともの凄く雑な説明をしたら、少女は「なるほど」と納得してくれた。
「・・・で、お嬢ちゃん・・・なんで、60点が此処におるて知っとるの!?」
「60言うな!!」
「ぇへへ!そんなの超簡単だょ!」
「まさか、また、『なんとなく』ってんじゃないだろうな!
そんな理由でボーナスをポンポン引かれたんじゃ割に合わね~ぞ!!
これでも‘退治屋’の手引き書を一通り読んでいる!
俺はルール通りに、此処に到着するまで、
一般人の尾行が無いように細心の注意を払ったんだ!」
「・・・尾行?そんなメンドイの必要無いょ~!
それに、『なんとなく』で居場所を突き止めるなんて、
ぃくら何でも無理だってぇ!」
「だったらどうやって!?」
「ぇへへ!これこれぇ!!」
少女は、鞄の中からピンク色のスマホを取り出して見せびらかす。
「おいおい・・・そんなんでどうやって?
検索機能でここがヒットするワケじゃないだろうに!」
「ァタシのスマホをさぁ・・・
学校の正門のところにあった100点バイクの西陣織とィスの間に挟んでぉいて、
あとで、友達のスマホのGPS機能で、ァタシのスマホの場所を調べたんだょ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・燕真、尻の下にあないもん仕込まれてんのに気付かへんかったん?」
「・・・発信器って・・・なんちゅうおっかない女だよ!」
「気付けや・・・オマンがマヌケすぎるやろ。」
ヤベーな。このままでは、マイナス査定だらけでボーナスが無くなってしまう。ミスを追及される前に話題を変えるべきだ。
「なぁ、オマエ・・・なんで、妖怪の本体の居場所が解ったんだ!?
狙われた心当たりは!?」
そもそも、粉木の爺さんは「俺にしか敵意は向かない」と言ってたのに、少女が狙われた。このミスリードが無ければ、少女と接触をして正体がバレる展開は避けられたはず。この話題を広げれば、俺のミスを緩和できるかもしれない。
「ぇ!?さっきのぉ化けって妖怪なの!?ぅわっ!ぅわっ!何かスゲェ~~~!!
テレビで見た事あるぅ~~!!妖怪ってホントにいたんだ!?
妖怪って世界征服とか狙ってるの?
悪の組織とかがあって、蜘蛛の妖怪ゎ文架市に来た刺客なの?
他の市にも妖怪が出るの?それとも文架市ばっかりなの?
謎の森に住んでて、ポストに依頼が来るんじゃなくて、
ちゃんとしたおうちに住んでるんだね。
ぇ!?ぇ!?もしかして、手が鬼の手に成ってて、それで妖怪やっつけんのぉ!?
手ぇ、見せてょ!ァレ?普通の手だ!だったらどうやってやっつけんのぉ!?
ぁぁ、そっか!剣で妖怪をやっつけてたねぇ!?でも、最後は蹴ってたよね?
剣よりもキックの方が強いの?
斬っても妖怪しか斬れないのゎ何で!?スゲー弱い剣なの?
同じコトする仲間っていっぱいいるの?みんな格好良いバイクに乗ってるの?
特撮ヒーローみたいな格好してたよね!
普段でも強いの!?それとも、赤い鎧着ると強くなるの!?
赤い鎧着て学校まで来たの!?それとも、学校に来てから着替えたの?
もしかしたら、着るんぢゃなくて、特撮ヒーローみたいに変身すんの?
それでそれで、なんで閻魔大王なの?60点って閻魔様なの?
鬼の家来とかいっぱいいるの?なんでこんな所に居るの?お仕事しなくて良いの?
閻魔様って地獄で偉そうにしていて、
悪い人を血の池に沈めたり針の山で刺すんでしょ?
地獄ってゆーのゎ・・・・・・・・・なんたらかんたら・・・・・・・・・」
少女の一方的なトークが延々と続く。しかも、聞きたかった「本体の居場所が解った理由」と「狙われた心当たり」の質問は完全スルー。爺さんが頭を抱えながら俺をチラ見してポツリとぼやく。
「どうすんねん!これ、まだ続くんか?」
「知らね~よ!俺に聞くな!」
「オマンの質問のせいや、ドアホ!
しかも一般人相手にあないに直球で聞いてどうするつもりや?
おかげさんでドサクサに紛れて‘退治屋’の任務まで思い切りバレとるやないけ!
オマン、このまんまじゃ、マイナス査定だらけで当分はただ働きになんで!」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~・・・」
その後、お喋りに火が付いてしまった少女の弾丸トークは1時間ほど続き、「本体の居場所が解った理由」と「狙われた心当たり」の回答は、「なんとなくそう思った」と「狙ゎれた心当たりゎ無ぃ」の二言のみで終わり、最終的には学校の異変や妖怪の話ではなく、好きなアイドルだの、バイトの店長への愚痴になり、何故か、「今度みんなでカラオケに行こう」という話でまとまった。
台風が来た様な慌ただしい時間が終わり、「バイトがある」と言って帰っていく少女の後ろ姿を、窓越しに眺めながら、疲れ果てた表情の爺さんがポツリと呟いた。
「なぁ、燕真、ヮシ・・・行かへんからな!」
「・・・何処へ?」
「カラオケや!」
「え!?ノリノリで行くって約束してたじゃん!!」
「あぁ言わな、帰らへんやろ!!」
「だったら誰が行くんだよ!?」
「オマン以外に誰がおんねん!?
オマンの所為で此処がバレとんねん!責任持ってキチンと付き合ってやりや!!」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!」
その後、中断されていた‘事件解決の査定’が再開されるのだが、正体バレとアジトに押し掛けられたことが大きなマイナス要因になり、臨時ボーナスが支給されるどころか、「マイナス分は次回の妖怪討伐で補填する」という悲惨な結果になってしまった。・・・少女に押し掛けられた時点で、なんとなく予想はしていたけど。
「不満はあるけど、今回は高い授業料を払ったと思って今後は気を付けるさ。」
「『今回』だけで済んだらええんやけどな。」
「・・・ん?俺が、また同じミスをするとでも言いたいのか?」
爺さんの意味深な発言が妙に引っ掛かる。