7話
7話中7話目です。
「いらっしゃいませ」
メッツェンが婚姻関係を解消して二年。
王都では噂のテーラーが人気を博していた。
シンプルだが美しく、動きやすいのに細やかな刺繍や飾り付けがされており、ちょっとした遊び心も感じられるドレスを作り出すという。
加えて、フルオーダードレスを作る金と時間はないが、着古しとバレたくない貴族には、襟、袖、腰、スカート部のパーツを入れ替えたセミオーダーも行っている
隣には貸衣装店も併設しており、平民が特別な日に気合いを入れた装いを選ぶことも出来るし、貴族がカツラや化粧を変えて別人になることも出来るのだという。
平民であってもドアマンが快く受け入れてくれ、パーツだけの相談事でも笑顔で接客して貰えるとあって、表口は平民と下位貴族、個室は中位貴族たちが連日訪れているほどだ。
「切りの良いところで休憩をお願いします」
店の裏手の工房ではそれぞれの持ち場で休憩の声が掛かっていた。
連日の忙しさではあるが、ほのぼのとした空気が流れている。
「メッツェン様は今どこにいらっしゃるかしら?」
「あら、マチュー様?・・・スティーブン様と執務室にいらっしゃるのでは?」
「先ほどアリス様と工房に向かわれたみたいなの」
「私はケリー様と出かけようとしていたところを見たわ」
「ねぇ、それって後ろ姿だけじゃないの?」
「あ、そうです。とても似ていらっしゃるので見間違えたかもしれません・・・」
「良いのよ、気にしないで」
マチューはメッツェンがわざと従業員と同じ制服を着ていることを知っている。
あまり目立つことはしたくないが、部下を大切にしたい人であるので、ゆくゆく結婚して退職するだろう侍女にも、貴婦人と同様の教育を施そうとした人だ。
今もどこかで、何かを計画しているのだろう。
一人で居なくなってしまうのではないかと、侍女三人が代わる代わる寝顔を見に行っていることを、あの人は知っているのだろうか。
「あ、マチュー」
探し人は暢気に廊下を歩いている。
こんなところにいたのかと近づけば、元講師、現同僚のウィスカーと、メッツェンが箱を抱えている。
「これは私が持つわ。まだあるから扉の外で受け取ってきて。皆で食べる御菓子を注文しておいたの」
初めて出会った五年近く前からずっと目を伏せていたその人は、最近やっと顔を上げてくれるようになった。
「休憩に入る人から食べてもらいましょう、ね」
この国では珍しい黒色の瞳が、差し入れの御菓子を喜ぶ従業員を優しく包み込んでいるのをマチューは幸せな気持ちで見ていた。
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