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4 ベルトンヒル


 10歳になった。

 相変わらず、俺は教会で神仏のように手厚く扱われている。

 シスターたちも多少顔ぶれは変わったけど、元気だ。


 10歳か。

 嫌でもあの言葉が頭に浮かぶ。

 十で神童、十五で才子、二十過ぎればただの人。

 一番嫌いな言葉だ。


 今のところ、俺は神童だ。

 6ヶ国語を習得したし、魔物の言葉も少ししゃべれるようになった。

 生活魔法もあらかた極めて、ピアノも弾けるし、編み物だってプロを唸らせるほどだ。

 なかなかの10歳児だろう。


 教会に神童アリとご近所でも評判だ。

 うちの子になってほしいとお貴族様がやってくることもあるし、なんなら誘拐されそうになったことだってある。

 ま、暖炉に火をつける魔法で火だるまにしてやったけどね。


「教会の経営も火の車ですぅ……」


 ミルカが角の生えた頭を抱えている。

 今年で25歳だっけ。

 年齢が変わったように見えない。

 獣人族は歳を取りにくいようだ。

 牛系だけかもしれないけど。


「ミルカ、うちの教会うまくいってないの?」


「ミト様ぁ。実はそうなんですよぅ。町の人たち、信心が足りないのです。もっとお布施が欲しいですよぅ。また、一軒一軒訪ねて回らないと」


 金の無心で町内行脚か。

 宗教ってやっぱり集金システムなんだな。

 ま、おかげで食べていけるからイイケド。


「俺を売れば、すごい額になると思うよ」


 ジョークのつもりでそう言った。

 あながち冗談でもなく、この前来た商人なんかは目玉がひっくり返るくらいの前金を持参していた。


「う、うう、ぅぅ……」


 なんだか知らないが、ミルカは突然泣き崩れた。


「わたしが不甲斐ないせいでミト様に要らぬご心配をぉ……。大好きなミト様を売ったりできませんよぅ。代わりに、わたしが売られますからぁ」


 ドナドナかな?

 でも、ミルカなら高値がつきそうだ。

 肉のほうは知らないが、ミルクの味は格別だからな。





 10歳になってようやく外出を許された。

 シスターの護衛付きだけど。


「ミト様に何かあってはいけませんからっ!」


 鼻息荒いミルカの言葉に他のシスターたちもウンウン頷いている。

 過保護すぎだ。

 可愛い子には旅をさせよ、と言うじゃないか。

 それとも、可愛くないってか?

 まあ、なんでもいいや。


「よっと!」


「あっ! ミト様……っ!」


 俺は民家の壁の小さな出っ張りを掴んで屋根の上に駆け上がった。

 昔、教会に忍び込んだ猿の動きを真似たのだ。


「夕方には帰るからさ」


 そう言って、屋根の上を跳んで逃げる。

 後ろから、待てぇー、と声が追いかけてきた。

 逃走犯か、俺は。


「きゅい!?」


 屋根から飛び降りると、肩で寝息を立てていたシーバが飛び起きた。

 こいつとは、どこへ行くときも一緒だ。

 だいたい俺の肩か頭の上にちょこんと乗っている。


 全然重みを感じないし、どんなに激しく動いても落ちないのはどういう仕組みなんだろうか。

 さすが、伝説の聖獣。

 ということに、しておくか。


 大通りに出た。

 晴れやかな空の下、冒険者や買い物客が往来を行き交っている。

 馬や牛が荷馬車を引く中世の町並みは何度見ても新鮮だ。

 エルフとか鬼人族とかいるから、なおさらだな。


 ここは、冒険者の町ベルトンヒル。

 イットガルズ聖翔国とかいう大きな国の、地方都市らしい。

 子供の落書きみたいな地図しか出回っていないから、正直、世界のどの辺にいるのか俺はわかっていない。

 国の形すら大雑把にしか把握していない。

 今思うと、伊能忠敬とかメルカトル図法とか素晴らしいよな。

 何の話だ……。


 街歩きは学びが多い。

 武具屋を覗けば武器の鍛え方がわかるし、市場を覗けば商売テクを盗める。

 模倣魔法の肥やしには事欠かない。


「今日はいつもより人通りが多いな」


「聖都から三聖人が来ているからねぇ!」


 客引きのお姉さんが教えてくれた。

 マイクロビキニの細っそいヒモが柔肌に食い込んでいる。

 見る場所に困る。


「三聖人?」


「聖女様や賢者様や剣聖様のことさね」


 ああ、昔ミルカが話していたっけ。

 1000年前、『魔神』を倒すために立ち上がった『勇者』と三聖人の話を。

 桃太郎でいうとイヌ、サル、キジだ。

 勇者が桃太郎で、魔神が鬼だな。

 どこにでもあるおとぎ話だ。


「今の三聖人は50代目だっけ」


「そうだよ。もうじき、代替わりの時期だねぇ。引退前の最後の興業ってわけだ」


「興業? 何かするの?」


「賢者様と剣聖様が決闘形式で一戦交えるのさ。闘技場から歓声が聞こえてくるだろ?」


 なるほど、たしかに。

 それで、町が活気づいているのか。


「興味あるかい?」


 お姉さんは谷間を見せつけるようにして胸を寄せた。

 なんと、谷間にはチケットが挟まれている。

 興味……あるかも。


「300イッツにまけといてやるよ」


 300イッツか。

 元の世界で言うなら、3000円くらいだ。

 子供料金とかないのだろうか。


 剣聖と賢者の決闘。

 ぜひ観たい。

 技をコピらせてもらいたい。

 これを逃すと、もうチャンスがない気がする。


 でも、俺のお小遣いは20イッツしかないし、教会は赤貧に喘いでいる。

 おねだりすれば出してくれそうだけど、俺のせいで教会が潰れると嫌だなぁ。


 ボゥォオオオオオオオ――――ッ!!


 突然市場に火の手が上がった。

 曲芸師らしき男が口から火を吹いて、客からチップをもらっている。


 これだ。


 俺も真似して火を吹いてみた。

 同じ芸だが、子供がやったほうがインパクトは大きい。

 通行人が面白いほど硬貨を投げてくれた。

 シーバ、拾ってきてくれ。


「きゅいん!」


 ついでに洗剤を作り出す生活魔法でシャボン玉を飛ばしてみると、あっという間に目標金額に到達した。

 曲芸師が打ちのめされた顔で俺を見ている。

 申し訳ないね。


「坊や、すごいじゃないかい!」


 お姉さんに頭を撫でられた。

 チケット、ゲットだ。


「穴あき硬貨はここに通しておくれ」


 マイクロビキニの紐をほどくお姉さん。

 女神に見咎められそうだけど、支払いをしないわけにもいかないしな。

 俺はキッチリ支払いを済ませた。

 刺激的な時間だったよ。

 やっぱ町はいいな。

 さよなら、お姉さん。


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