39 第2次試験の結果
勝った。
世界最強と呼ばれる剣聖キリエに。
達成感とかはない。
観客の歓声も鬱陶しいだけだ。
でも、ホッとした。
俺は生きているし、決闘にも勝った。
人質のミルカも無事だろう。
おっぱいとか揉まれてないといいが。
揉むのはやめとけ。
ベチャベチャになるから、後片付けが大変だぞ。
「この結界は賢者殿がかけてくれたんだがな」
俺の歯型がついた木剣を持って、キリエが歩み寄ってくる。
思わず身構えるが、戦意はもうないようだった。
ジョギングの後みたいな晴れ晴れした顔をしている。
「まさか歯で食い破られるとはな」
まあ、結界破りの技だしな。
それも聖獣譲りだ。
賢者の結界も形無しだろうよ。
ヘトヘトになってしゃがみ込んでいた俺に、キリエは手を差し伸べてきた。
「認めよう。お前の勝ちだ」
俺は控えめに手を取りつつ、立ち上がる。
「ハンデがあったからな」
結界アリとはいえ、木剣でこれだ。
真剣勝負とか考えたくもない。
キリエは少し笑った。
「真剣でも結果はそう変わるまい。それに、お前だって自分にハンデを課していただろう?」
「なんのことだ?」
「観客席に被害が及ばないよう魔法をセーブしていたことに私が気づかないとでも思ったか?」
お見通しだったか。
観客席には家族がいるのでね。
妹たちを巻き込むわけにはいかない。
何かあったらシーバが守っていただろうけどな。
「お前、名は? 私は職業柄あちこち旅をしているが、お前のような者がいるなどと聞いたことがない。大層名のある剣豪……いや、魔術師……いや、聖女か? とにかく、勇名を馳せる人物だとは思うが」
「ミトだ」
と俺は答える。
職業は無職。
いや、今は領主令嬢の側付きか。
「ミト……。聞いたことがないな」
だろうな。
ベルトンヒルでは少しばかり有名なんだけどな。
神童とか言われたこともある。
「ミト殿」
殿?
「お前はまるで勇者様のようだな。黄金の剣を振るい、天災のごとき魔法を扱い、聖女の力をも宿しているのだから。あとは聖獣さえいれば、女神様に遣わされた勇者様そのものだ」
聖獣はいるけどな。
犬みたいな猫が。
でも、俺は勇者じゃない。
聖剣もレプリカだし、魔神と戦う覚悟もない。
模倣魔法が得意なだけの、ただのミトだ。
「もう少し話していたいところだが、ここはあまりに落ち着けないな」
大歓声で会話もままならない。
キリエは軽く手を挙げて、観客席に自制を求めた。
そして、スーッと息を吸い込み、意を決したように言う。
「第50代『剣聖』キリエはここに敗れた! 敗北を認め、勇者役ミトと他3名に第2次試験の合格を言い渡す!」
再びの大歓声。
観客席で帽子やら靴やらいろんなものが舞い上がっている。
合格か。
俺には関係ないが、マイアルとセーナは喜ぶだろう。
でも、他って。
その言い方だと受験者がついでみたいに聞こえるぞ。
キリエは肩の荷が下りたとばかりに晴れやかな顔で手を差し出してきた。
「私はこれで剣聖位を退くことになるが、剣を捨てるつもりはない。お前とは一人の剣士として再戦したいと思っている。リベンジマッチを受けてくれるな?」
「お断りだ」
握手はしてやるが、リベンジなんて知ったことではない。
「……な!? なぜだ? そこは、『強くなって戻ってこい』と答えて、互いに健闘をたたえ合うところだろう!」
そんな脳筋のお約束など知ったことか。
お前と戦うのは二度と御免だ。
死亡リスクが高すぎる。
Sランクダンジョンに潜るほうが万倍安全だ。
絶対に嫌だね。
俺の家を探し出して挑戦状とか送りつけてくるなよ?
もし届いても着払いで送り返すからな?
一番大きなダンボールに入れて、だ。
すごい送料になるから覚悟しておけ。
「まあ、ともかくおめでとう。ミト殿はサポーターということだが、それほどの才能だ。国がほうっておかんだろう。いつの日か、同じ戦場に立てる日を私も待ち望んでいるぞ」
ギュッ、と俺の手を握ると、キリエは踵を返した。
俺も戻るか。
ヨートンをとっちめるか豚を焼くかして、ミルカの安否を確認しないと。
「ミト様ぁ――――っ!!」
聴きたかった声が聞こえてきて、俺はおもてを上げた。
観客席から身を乗り出すようにして、角の生えた爆乳少女が手を振っている。
「あ、ミルカだ」
見まごうことなきミルカだ。
怪我とかなさそうで、めちゃめちゃ元気に手を振っている。
ぴょんぴょんしながらだ。
身を乗り出してぴょんぴょんするから、客席から落下した。
当然だ。
「きゅわあああああ!?」
手がかかる牛娘を俺はスライディング・キャッチでお姫様だっこする。
「ミト様! かっこよかったですよぅ! 大活躍でしたねぇ!」
満面の笑みでそう言われた。
それどころじゃないだろ。
「ミルカ、大丈夫だったのか? 人質になっていたんだろ?」
「人質、ですかぁ? なんのことです?」
「いや、ヨートンが哺乳瓶を」
「ああ、そうなんですよぅ! ミト様にミルクを渡し忘れて困っていたら、ヨートンさんが代わりに届けてくれたんです! 優しい方でよかったですよぅ!」
そう聞いて、俺は徒労感に見舞われた。
あのたぬきジジイ。
いや、羊……じゃない。
執事ジジイか。
どうでもいい。
一杯食わせやがったな。
差し入れのミルクで脅しをかけてくるとは、なかなかのクセ者だ。
完全に騙された。
まあ、なんだな。
なんにせよ、ミルカが無事でよかった。
「ミルク、飲んでくれましたかぁ?」
ミルカは熱視線を送ってくる。
飲んでないとは言えない。
まして、どこに置いたか忘れたなんて。
剣聖に勝つことしか考えてなかったからな。
どこやったっけ。
「飲んだ飲んだ」
思いっきり棒読みで俺は目を泳がせた。
「よかったですぅ!」
真夏の太陽みたいに輝く義母の笑顔がまぶしすぎた。
俺はドラキュラになった気分で顔をそらすのだった。




