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35 哺乳瓶


「やったよ! ボクのクジ運が珍しくアタリを引いたんだ!」


 マイアルが決闘順の抽選から弾む足取りで戻ってきた。


「順番は4組目! 一番最後だ!」


 第2次試験の大トリを飾るわけだ。


「先にやる3組の戦いを観察できるわね。剣聖攻略の糸口を掴めるかもしれないわ」


 セーナは冷静に心算している。


「グハハ! こうしてはいられぬ! フグハハハハハハ!」


 高笑いと巨人みたいな足音を轟かせてストロンガノフは観客席のほうに向かっていった。

 俺たちもあとに続く。


「お兄様、こっちです!」


「お兄、ここ座って」


「ミルクもありますよぅ! ミト様ぁ!」


 妹たちとミルカは最前列の良席を確保していた。

 言われるがままに腰を下ろすと、右腕にシロン、左腕にはクロエが抱きついてきた。

 身動きが取れなくなったところで、背中に豊満なる感触がのしかかってきた。

 どうやら客席争奪戦の第2回戦目はミルカの勝利に終わったらしい。


「ご主人様の周りにはいつも女がいるわね」


「ボクの父と一緒だ! 父がミトを気に入ったのも納得だよ!」


 セーナの白い目より、マイアルの何気ない一言のほうが俺の心をえぐった。

 あの豚領主と一緒か。

 これ以上ない侮辱だ。


「それでは、1試合目を開始する!」


 ガルラントが手を振り下ろした。


「――始めッ!!」


 次の瞬間には、3人とも宙を舞っていた。

 三聖人候補が全員だ。

 受身も取れずに落下して、それっきり動かなくなった。

 そして、勇者役の頭に木剣が打ち据えられた。

 バタリと倒れて、こちらも動かなくなる。


 1試合目、終了だ。

 ものの3秒で終わってしまった。


 どよめきが収まらないうちに、第2回戦が始まった。

 こちらも同じ結果だった。


 そして、3組目は「始め」の号令がかかる前にフライング気味に動いた。

 不意打ちだ。

 だが、まるで通用せず、こちらも3秒で総崩れ。


「う、うぎゃあああ! やめ、怖い怖い! いやあああああ! ――――ぅ」


 木剣を向けられた勇者役は恐怖のあまり気絶してしまった。


「他愛もない」


 剣聖キリエのつぶやきが聞こえてくるほど闘技場は静まり返っていた。

 セーナは口元を手で覆い、マイアルは完全に魂が抜けている。

 俺はベルトンヒルで一度見ているから、改めて驚きはない。


 でも、初めて見たときは驚愕した。

 賢者VS剣聖。

 天界の神々の争いを見ている気分だった。


 ちなみに、ストロンガノフだけはやる気満々だ。

 せっせと準備運動スクワットしながら、体から蒸気を噴き上げている。

 さすが、俺の推しだ。


「最後の決闘を執り行う。4組目のパーティーは速やかに入場せよ」


 マイアルはよろよろと立ち上がった。


「クジ運、やっぱり最悪だ……。ぼ、ボク、怖くて膝が笑ってるよ」


「木剣どころかキリエ様の動きすら目で追えなかったわ。私じゃなんの役にも立てそうにないわね」


 セーナも戦意喪失状態。

 二人とも、ほんの数分前までやってやるぞって意欲に満ちあふれていたのにな。

 これは、ちょっと無理そうだ。


 立ち上がろうとする俺を、両サイドが引き止めた。


「お兄様、お怪我だけはなさらないでください」


「お兄が怪我したら、シロが舐めてあげる」


 舐めるのは勘弁願いたい。


「ミト様なら大丈夫ですよぅ! だって、女神様に愛されていますから!」


 背中をポンと押される。

 キリエの力量をまったく理解できていないミルカだけは、のほほんとした面持ちだった。


「きゅぃん!」


 シーバは、頑張ってこいよ、と俺におでこをこすりつけてくる。

 俺は突っ立っているだけだからな。

 頑張るのは3人のほうだ。


 一度バックヤードに降りてから、フィールドへと続くスロープを進む。

 ストロンガノフも含めて全員無言だ。

 マイアルなんて爆弾ベストを着せられた突撃兵みたいな顔をしている。

 要するに、真っ青だ。

 まあ、殺されはしないから安心しろ。


「ミト様。少々よろしいですか?」


 声をかけてきたのは、背筋がピンとした老紳士だった。

 ケツゲパルス家の執事、ヨートンである。


「折り入ってご相談がありまして」


 嫌な予感がした。


「実は、旦那様も聖都にいらしているのですが、マイアルお嬢ちゃまの勝ちを確信して多額の金を違法カジノに投入してしまいまして」


 あの豚、俺から吸い上げた迷宮の財宝をそんなことに使っているのか。

 それも娘で賭け事とは。

 呆れ果てて言葉にならない。


「このままでは、領地経営に支障が出かねません。大変お心苦しいのですが、わたくしは鬼になる決意をいたしました」


 そう言ってヨートンが懐から取り出したのは、哺乳瓶だった。

 中で乳白色の液体が揺れている。


 悪寒がした。


「まさか……」


「ええ、そのまさかにございます、ミルカ様を人質とさせていただきました」


 ヨートンは糸目を見開いて、暗い目で俺を見つめた。


「ミト様が並々ならぬ実力の持ち主であること、このヨートンは見抜いております。ミトよ、必ずや勝ち、我が娘を賢者にするのじゃ! ――と旦那様もおっしゃっておりました」


 ぐぬフフフ、と脂ぎった笑い声が聞こえてくるようだった。


「ぜひとも勝利を」


 ヨートンはそう言い残すと去っていった。


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