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3 模倣魔法


 シスターたちの会話を聴いているうちに、言葉をマスターした。

 2日とかからなかった。

 異世界語で寿限無も般若心経も難なく話せる。


 ただ、あんまりペラペラしゃべっても気持ちが悪いだろうから、当面は二言三言にとどめておこうと思う。


 教会に籍を置く鑑定士に言わせると、


「固有魔法を持っておるようですな。おそらく『模倣魔法』でありましょう。いやぁ、これは珍しい。数百年前の文献に1例報告があるのみですな」


 ということだった。


 固有魔法というのは、持って生まれた才能みたいなものらしい。

 才能なので、努力では習得できない。

 だいたい300人に1人くらいは固有魔法を持っていて、中でも模倣魔法は特に珍しいのだとか。


 鑑定士のオッサンは俺を解剖して中身を見てみたそうな顔をしていた。

 シスターたちにつまみ出されたけどね。


 模倣魔法は「技」と呼べるものなら一度見ただけで完璧に模倣することができるらしい。

 すぐにしゃべれるようになったのは、「話術」という技を模倣したからだ。


 この魔法を使えばピアノだって弾けてしまいそうだけど、いかんせんまだ赤ん坊だ。

 成長するまでは我慢だな。


「名前をつけないといけませんねっ!」


 俺の顔に見事な膨らみを押し付けながら、乳母のミルカがそんなことを言った。


「ミト」


 俺は息継ぎがてら、そうつぶやく。


「じゃあ、ミト様ですね!」


「「きゃわああああっ! ミト様ぁああ!!」」


 教会に歓声が轟いた。

 シスターたちが優勝パレードでも催しているみたいに盛り上がっている。

 命名祝いのパレードだ。


 俺は女神の贈り物だと思われているらしく、ここでは女神像の次に大切に扱われているのだ。

 ほとんど信仰の対象だ。

 悪い気はしない。

 粗末に扱われるよりずっといい。

 ほかの赤ん坊が向けてくる嫉妬の眼差しも心地いいくらいだ。


「きゅーん!」


 柴犬猫が黒真珠みたいな毛並みをこすりつけてきた。


 こいつは、聖書に出てくる伝説の聖獣『ケットシー』と特徴が似ているのだとか。

 唯一の違いは、


「きゅわんっ!」


 鳴き声だけ。

 ま、もと柴犬だからな。

 お前にも名前をつけてやろう。

 柴犬でケットシーだから、シーバでいいか。


 シーバもシスターたちから信仰されている。

 女神の贈り物を守るガーディアンという位置づけらしい。


 シーバは今のところ俺にしか懐かない。

 シスターたちは黒く輝く体毛をずっと触りたそうにしていた。

 これがサラサラで最高なんだ。

 俺はここのところ、ずっと抱き枕にしている。

 なっ、シーバ。


「きゅーんっ!」


 一声鳴くと、淡い光が教会を満たした。


「あれ、肩こりが」


 ミルカが肩をぐるんと回した。

 ほかのシスターたちも腰やら膝やらをさすって目をぱちくりさせている。

 窓の外では、枯れていたツタ植物が緑色を取り戻していた。


 今のは魔法か?


「きゅんっ!」


 たぶん、うんと言った。


 魔法も「技」だ。

 一度見たから俺も使えるはず。


 短い人差し指を窓の外に向けてみた。

 淡い光がツタ植物を照らすと、赤や青の花がたくさん咲いた。


「奇跡だわ――ッ!!」


 一斉にひれ伏し、俺とシーバを讃えるシスターたち。

 ミルカはいつもより母乳を奮発してくれた。


 なるほど。

 ここでうまくやっていくには、たまに女神様の奇跡を演出するといいらしい。

 またひとつ賢くなったな。

 ずる賢くなったとも言う。





 3歳になった。

 俺は10歳児にまじってサッカーに興じていた。

 俺がサッカーのルールを教えてやると、孤児きょうだいたちはあっという間に虜になった。

 今日も教会の庭には元気な声が響いている。


「ほら、いったぞ! ミト様!」


「了解!」


 俺は飛んできたボールをバク転しながら蹴り飛ばした。

 一直線にゴールへ。

 これで、ハットトリック達成だ。


「やっぱ、すっげーよ! ミト様は!」


「今のクルッてするやつ、どうやったの!?」


「おれたちとは出来が違うよなー!」


 お褒めの言葉をありがとう、と言いたいところだが……。

 俺はただ君たちのベストプレーを模倣しているだけだ。

 全員のいいところを見て盗んだのだ。

 やっぱりちょっとズルいよな。


「うわぁーん……!」


 誰か転んだらしい。

 膝小僧を擦りむいた男の子が泣いている。

 俺はシーバからコピーした技で傷を癒やした。

 ミルカの肩こりを治して、枯れ草に花を咲かせたあれだ。


 『癒やしの木漏れ日』と名づけてみた。

 簡単な怪我なら治せる。


「立てそうか?」


「うん。大丈夫」


 怪我も治ったということで、またキャッキャと賑わいが戻ってきた。

 しかし、3歳児が10歳児の面倒を見る構図はどうも慣れない。

 俺がいたらチームバランスが偏ってしまうし、早々に上がるか。


「お疲れ様です、ミト様ぁ! すっかり子供たちのリーダーですねぇ!」


 ミルカが汗を拭いてくれた。


「お腹が空いていませんか?」


 と、胸を出そうとするので、待ったをかける。

 母乳はさすがに卒業した。

 乳離れだ。

 3歳だからな。


 すると、ミルカの顔が絵の具で塗られたみたいに真っ青になった。


「わ、わたしはもう用済みぃ……。は、廃牛ですかぁ!?」


 3歳児になんてことを訊くんだ。

 頭にチョップでも入れてやりたいところだが、まだ背伸びしても届かない。


「ミルカのことは本当のお母さんだと思っているから」


 そう伝えると、彼女は泣き出してしまった。


「ありがたいお言葉すぎますぅ……! ミト様ぁ! あぅぅ……!」


 大きな胸でギュッと抱かれた。

 こうしていると、お腹が空いてくるのはパブロフの犬みたいなもの?

 さすがに、おっぱいを吸うのはもうキツいけどね。


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