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26 旅立ち


 聖都に行くマイアルに同行することにした。

 御側付きだ。

 領主のケツゲパルスに言わせれば、これは褒美らしい。


「父はむちゃくちゃな人だからなぁ……」


 マイアルも呆れていた。


「ミトは命の恩人だ! 別の形で恩に報いたいんだけど、何か希望はあるかな?」


 ということなので、教会の支援をお願いしておいた。

 借金は返済したものの、経営が厳しいことに変わりはないからな。


 本当は俺が大商人にでもなって親孝行するのが筋なのだが、今のところ、元の世界の知識で無双とかできてない。

 それでも、ミルカは泣くほど喜んでくれた。


「うぅ、これで子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげられますぅ……! ミト様もおっぱい我慢しなくていいんですよぅ?」


 いや、俺はもう卒乳済みだ。

 だから、胸ボタンを外そうとするな。


「じゃあ、俺はしばらく聖都に行ってくる」


「はいっ! ミト様ならどこに行っても大活躍間違いなしです! わたしも旅の準備をしますね!」


「なんだって?」


「もちろん、わたしも一緒ですよねぇ……?」


 今にも泣きそうな顔でミルカが見上げてくる。

 ノーとは言えない。

 ノーだけど。





 家を空けることを居候の猫耳メイドにも伝えた。


「じゃあ、私も行くわ」


 即答だった。

 ちなみに、なんでだ?


「メイドだもの。ご主人様についていくのが私の仕事なの。……にゃ」


 セーナは思い出したように語尾を付け足した。

 そして、ソファーで足を組み、投げやりな顔で窓の外を眺める。


「私はこれから長いものに巻かれて生きていこうって決めたの。ご主人様は長いでしょう? 私のこと、巻きなさいよ」


「どんなプロポーズだ」


「プロポーズじゃないわよ。……にゃ」


 そんなやる気のない語尾ならいらん。

 家を追い出されたことで卑屈になってるな、こいつ。


「セーナ、やっぱり第2次試験を受けてみないか?」


 俺はかねてから思っていたことを口にしてみた。

 このままでは腐ってしまうぞ。

 腐った猫耳メイドを愛でる趣味は俺にはない。


「私は不合格だったじゃない」


「辞退しただけだろ?」


 1次試験そのものは合格だった。

 今からでも申し出れば、受験資格が復活するかもしれない。


「まだ聖女への道は絶たれたわけじゃないんだ」


「聖女? もういいわよ。私には才能がないもの。私みたいな凡人なんて、あなたのメイドがお似合いなのよ」


 それ、俺のことも半分けなしてないか?


「マイアルからも何か言ってくれ」


 向かいのソファーで口を挟みたそうにしていたマイアルに話題を振ってみた。


「もしかしてキミ、ディクライン家のセーナだったりする!?」


「家名は捨てたわ。……いいえ、捨てられたのは私のほうね」


 悲愴感が一層強まる。

 でも、それで萎縮するマイアルではない。


「うっわぁーっ! 聖女の家系なんてすっごいなぁ! ボクなんてなぜか豚の家系とか言われているよ? ディクライン家のセーナって言ったら、このあたりじゃ一番の聖魔術師だよね! ボク、会えて嬉しいなぁーっ!」


「もう一番じゃないわよ。そこのご主人様にはかなわなかったもの」


 仏頂面で腕を組むセーナだが、まんざらでもないらしく口元が緩んでいる。


「ねえ! セーナもボクと一緒に試験を受けてみない? ボクはともかく、キミなら第2次試験も合格できると思うんだ!」


「そ、そうかしら」


「そうさ!」


「まあ、考えておくわ」


 セーナの機嫌が目に見えてよくなった。

 底抜けにポジティブなマイアルに感化されたらしい。

 ここら辺のコミュニケーション術はコピーしにくいからな。

 勉強になるよ。


「でもキミ、どうしてメイド姿なんだい? 猫耳、似合っているね!」


 セーナの顔がカーッ、と赤くなった。

 答えに窮してセーナは俺を見た。


「ご、ご主人様の趣味だからよ……」


「えっ。ミトの……」


 マイアル、誤解だ。

 俺は犬派だ。

 犬のために命をかけたことだってある。

 なっ、シーバ?


「きゅぃん!」


 シーバはこくりと頷いて、頬ずりしてくる。

 俺をわかってくれるのは、お前だけだよ。





 そして、出発の日が来た。

 教会の前にはシスターズと弟妹おとうとたちがズラッと並んでいる。

 みんな涙ながらに手を振ってくれた。

 大袈裟だな。


 中でもミルカは目から濁流のように熱い液体をこぼしていた。

 ミルクではないが。


「ミト様ぁ。せめて、これをわたしだと思って大切に飲んでくださいぃ……」


 手渡されたのは哺乳瓶だ。

 中には乳白色の液体がたっぷりと入っている。


「ご主人様、まだ乳離れしてなかったの?」


 ミルカのせいで猫耳メイドに馬鹿にされたじゃないか。

 泣き止まないから受け取っておくけどさ。


「また猫が増えてる……」


 シロンがセーナにシャアアア、と爪を向けている。


「そ、それ、私のメイド服……」


 クロエも額の青筋をピクピクさせていた。


 妹たちとも、しばらく会えなくなるな。

 俺は餞別に二人の頭をワシャワシャと撫でてやった。


「クロエ、シロン。俺の家の管理は二人に任せたぞ」


「「ええええ……」」


「お前たち、住みたがっていたじゃないか」


「それは、お兄様がいるからで」


「いないなら、ただの猫小屋」


「ぴゅいっ!」


 シーバはシロンを勝ち誇った目で見下ろしている。

 お前は留守番してろ、って感じで。

 シロンの怒り爆発。

 髪と尻尾の毛が怒髪天をついた。

 喧嘩にならないうちに出発するか。


「「いってらっしゃぁぁ――――ぃい!!」」


「「ミト様ぁ! 早く帰ってきてぇ!!」」


 馬車が動き始めても、声援はどこまでも追いかけてきた。

 結局、町の城門までついてきた。

 居合わせた町の人たちも空気を読んで見送りの列に加わってくれた。


「ご主人様、あなたって人気者なのね」


 イワシの頭も信心からってな。


「すっごいや! まるで勇者の旅立ちだよ! ボクの父でもこうはいかないよ!」


 そりゃ、あの豚領主じゃなぁ。


 俺は軽く手を振り返しておいた。

 聖都につくのは1週間後だ。

 ベルトンヒルに戻ってくるのは、ひと月くらい先になるだろう。


 見納めに振り返ってみた。


「「ミト様ぁ――っ!!」」


 シスターズがまだ追いかけてきていた。

 泣きながら、だ。

 怖い。

 もう振り返らないようにしよう。


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