2 シスターたち
目を開けると、青空が見えた。
月が3つあり、ドラゴンらしきものが飛んでいる。
通りを行き交うのは、ケモ耳人間やずんぐりヒゲだるまなどなど。
いかにも異世界といった感じだ。
無事、転生したらしいな。
あれ?
記憶……。
消えてないな。
俺は小昼井ミト。
体を張って柴犬を助けようとしたけど、結局助けられずに一緒に死んだマヌケな高校生だ。
覚えている。
記憶の消し忘れとか?
弘法も筆を誤るし、猿だって木から落ちる。
女神だってポカくらいするか。
しかし、どうして動けないのだろう?
体が思うように動かない。
俺は路地裏に置かれた漬物石みたいな視点でずっと上のほうを眺めることしかできない。
「きゅいん!」
何かが日差しを遮った。
猫だ。
毛並みは黒。
額に宝石みたいなものがある。
おまけに、尻尾は二股だ。
この世界の猫はこれが普通なのか?
「きゅん! きゅん! ――わんっ!」
猫がわん、と鳴いた。
犬みたいに俺の頬を舐めてくる。
なるほど。
お前はあのときの柴犬か。
なぜ猫になってしまったのかは知らないが、女神が猫派だったのかもしれない。
あるいは、単純にポカの可能性もある。
でも、猫も悪くないな。
持論だが、犬みたいな猫が最強だと思う。
飼い主にべったりで散歩にもいける。
可愛いじゃないか。
撫でてやろうと手を伸ばす。
俺の手はもみじのように小さかった。
うん。
……俺、赤ん坊になっているね。
◇
どうやら、俺は路地裏に捨てられていた赤ん坊に転生したらしい。
あの後すぐに教会が保護してくれた。
「……、……。・・、……」
「……・……、……。・……」
俺を拾ったシスターたちが聞いたことのない言葉で何事か話をしている。
周りには赤ん坊が他にもたくさん。
教会で孤児の保護をしているのだろう。
あんたたちもきっと転生できるよ。
見たところ、善人みたいだしね。
「・・……、…………・……」
困ったな。
一つも単語がわからない。
言葉はイチから覚え直しか。
何年かかるんだ?
ため息が出るな。
「……の……が……たわ」
「じゃあ、……を…………しょうか」
「そうね」
ん?
今少しだが、聞き取れたような。
中年のシスターと若いシスターが見下ろしてくる。
「はーい、こんにちは。……から、あなたも……の一員よ。よろしくね」
よ、よろしく。
やっぱりだ。
聞き取れる。
物覚えのいい子を希望したけど、あまりにも良すぎないか!?
「こっちは新米シスターのミルカよ」
「は、初めましてぇ! よよっ、よろしくお願いしますぅ!」
角を生やした女の子がテンパりながら頭を下げた。
なんとも初々しい。
「この子は牛系獣人さんなの。あなたの乳母さんよ」
中年シスターが信じられないことを言った。
乳母さん!?
見たところ、ミルカは15かそこらにしか見えない。
牛系獣人だと乳が出るのか!?
世界観についていけそうもないな……。
「いっぱいお乳ちちち出しますからぁ! よろしくお願いしますぅ!」
ちが3つも多い。
よっぽど出るんだな。
とにかく、こちらも挨拶をしないと。
俺は小さな口を精一杯動かして、ミルカの言葉を真似てみた。
「よろちちお願いちますぅ!」
あっ、しゃべれた……。
ちょっと、ぎこちなかったけど。
しかも今、ミルカの声にそっくりじゃなかったか?
「……」
「……」
二人分の目が点になり、二人分の口がぽかーんと開いている。
しまった。
赤ん坊がしゃべるなんて絶対あってはいけないことだ。
悪魔憑きだと思われたかも!?
「こ、ここ……」
ここ?
「この子は天才だわぁ! きっと女神様からの贈り物よ!」
いや、心配なかった。
俺は中年シスターに抱き上げられて、優勝トロフィーの気分を味わった。
シスターたちが集まってきて、やんややんやの大喝采だ。
胴上げが始まりそうな勢いだった。
女神の贈り物か。
当たらずしも遠からずだ。
柴犬猫がわんっ、と鳴いた。
なんだか知らないが、しばらく俺はここで暮らしていくことになりそうだ。