18 黄金の扉
「ぴゅぃっ! …………きゅ?」
シルフェンの血を頭から浴びた。
駆け寄ってきたシーバも色変わりした俺を見て、飛びつくのを躊躇している。
「こんなときは、どんな汚れでも落とせる生活魔法だ」
血が俺から剥がれるようにして落ちていった。
さあ、シーバ、カモン!
「きゅぅぅん!!」
よしよし、オーヨシヨシ。
俺もお前も頑張った。
今年はもう頑張るの、やめような?
……おっと、こうしている場合ではなかった。
俺は残った魔力をやり繰りして、ガッスたちに治癒魔法を施した。
「おぉ? なんで、シルバーフェンリル・ドラゴンが血だまりに沈んでんだ?」
ガッスは寝起きみたいな顔でホゲーっと首を傾げていた。
「賢者様の魔法よ」
セーナがそう言う。
「賢者様だぁ? マジかよ! ここに来てくれたのか!? まさか、オレたちを助けに!? ヒョー! オレ、賢者様の大ファンなんだよ! 闘技場の決闘はすごかったんだぜー!」
ガッスはいもしない賢者の影をあっちこっち探している。
たまたま通りかかった賢者が助けてくれた。
もう、そういうことにしておくか。
「俺の手柄だって言えばいいのに」
セーナが腕組みしながら胡乱な目を向けてきた。
「あなた、きっと英雄になれるわ。それだけの力があるもの。富も名声も思いのままになるのに」
「いいんだよ、別に」
俺のは、ただのパクリだ。
他人のふんどしで着飾って、ドヤ顔するのは恥ずかしいだろ?
「あなたみたいな人、見たことないわ」
異世界から来たからな。
レア度は高いだろう。
「怪我はなかったか、セーナ?」
「ええ。あなたと違ってね」
言われて初めて気がついた。
腕に小さな切り傷がある。
どこかで引っ掛けたらしい。
俺もまだまだだな。
「私が治してあげるわ」
冷たい手がぴとり、と患部に触れて、
「『癒やしの聖掌』」
蛍の光みたいなのがパァー、と舞い上がって傷が完全に見えなくなった。
「これが私に残された最後の魔力よ。ありがたく受け取りなさい」
「ありが、とう……」
「なによ?」
睨まれた。
いや、ちょっとデジャヴっただけだ。
前にもこんなふうに癒やしてもらったことがあった。
あれはそう、闘技場に行った帰りだ。
変態冒険者たちにイタズラされかけた女の子を助けたんだっけ。
……ん?
なんとなくセーナにあの子の面影を感じるような。
「そういえば、あなた名前は?」
セーナはふと思い出したように訊いてきた。
「名前くらい名乗ったほうがいいわよ? 秘密主義ってあなたが思っているほど格好よくないから」
名乗ろうとしたけど聞こうとしなかったのは誰でしたかねえ?
敬語ですよ、ええ。
「ミトだ。覚えなくていいぞ」
どうせ、今日限りだしな。
「忘れられるわけないでしょ。あなたみたいな人」
仏頂面でそう言ったあと、セーナは膝を抱えてうずくまってしまった。
「あなたはすごいわね。私はまた何もできなかったわ」
「落ち込むことはないだろう。そもそも、聖女は戦闘向きじゃない」
「でも、伝説にある聖女様は勇者様と一緒に戦ったわ。勇敢にね。私は聖女になれそうもない。あなたを見ていたらそう思えてきたわ」
俺のせいで心が折れたとか言わないでね?
「ミト、あなたは勇者様みたいだったわ。黄金の輝く剣を持って、規格外の魔法を使って、聖獣を従えて。本物の勇者様みたいだった」
まあ、勇者に似ているって言うなら、そうなんだろう。
俺はモノマネ上手だからな。
偽・勇者だ。
レプリカの聖剣が似合うわけだ。
「おぉーい! 坊主、こっち来てみろよ!」
ガッスが呼んでいる。
ギゴゴゴゴ、と地鳴りのような音がして黄金の扉が開かれる。
迷宮主シルフェンが最後の生贄だったのだろう。
扉の向こう側から金色の光が漏れ出している。
そこは、見渡す限りの財宝の山だった。
崩れたら生き埋めになるほどの金銀財宝。
テンション爆上げだ。
トラップなし。
怪しい祭壇も一方通行の結界もなし。
今度こそ正真正銘の、
「宝物庫だな!」
「きゅい!」
「ヒャッフウウウウウウ!!」
「ガッスさんったら、まるで子供だわ……」
しばらくの間、5人と1匹で黄金の雪合戦を満喫した。
しかし、子供みたいにはしゃいでいたガッスがふと真顔に戻る。
「分け前の話をしねえとな」
「おい、俺を殺して取り分を増やそうとか思ってないよな?」
「思ったとしても、坊主を殺せる自信なんかねえよ。寝込みを襲っても絶対勝てっこねえ。そっちの犬みたいな猫も恐ろしく強いしな」
「きゅいん!」
黄金の山の上であぐらをかいて、ガッスは渋い顔をした。
「これ、全部がオレらのものになるわけじゃねえ。まず、領主のケツ毛に3割を納める。冒険者ギルドに2だ」
もう半分になってしまったわけだが……。
「で、冒険者のルールで、取り分はキッチリ割り勘だ。全員合わせて5人いるから、5分の1だな」
「きゅぅん!」
「悪いが、従魔は勘定に入れねえぞ。じゃないと、ポケットにハムスターを入れてきて、取り分を増やすアホが現れるからな」
そいつ、本当にアホだな。
「そんで、坊主どもは冒険者登録していないから、割増金が発生する。報酬の5割を冒険者ギルドに納めないとな」
ええええ……。
「そこから、町役場に所得税を取られるだろ? すると、坊主の取り分は最終的にコレくらいになるんだ」
ガッスは指を3本立てていた。
3割……。
いや、3パーセントか。
3パぁ……セン、ト…………。
「悪いな。でも、そういう決まりなんだ」
ぐうの音も出ない。
領主に3割か。
ケツゲパルスとか呼ばれていた脂ぎったおっさんの顔が俺の脳裏に浮かんできた。
鼻が豚みたいだったな。
何もしていない奴に俺の10倍も財宝が舞い込むシステム、なんなんだよ。
既得権益、コッワ。
とはいえ、3パーセントでも相当な収入だ。
商人を目指す上で十分すぎる軍資金になる。
というか、先30年くらい働かなくてもいいだろう。
傾いた教会も立て直せる。
ペッペ。
唾つけておこう。
この3パーセントは俺のものだ。
誰にもやらん。




