17 最高の魔法
銀色の龍鱗が鏡みたいにギラついている。
巨体が動くたびにダンジョンが揺れた。
「ガッス、シルバーフェンリル・ドラゴンってなんだ?」
ええい、長い!
シルフェンでいいや。
「SSランクの魔物だ……。オレも見るのは初めてだぜ。4000年生きるバケモノって話だ」
ガッスの額には玉の汗が浮かんでいる。
ランクとか言われてもピンと来ないが、それだけヤバイ相手ってことか。
ここは、逃げるが勝ちだな。
「俺が壁を破る」
「いや、逃げきれねえ。背中を向けた瞬間やられる。戦うしかねえ」
そうなのか?
本職の冒険者がそう判断するなら、そうなんだろう。
ガッスは両手をパーにした。
指先に魔力が集まり、光る爪が生えてくる。
『魔爪』だ。
うちのシロンと同じ『獣人爪術』の使い手らしい。
いちおう確認なんだが、
「戦って倒せそうか?」
「オレの顔をよーく見てみろ。倒せる奴の顔に見えっか?」
ガッスはかなり情けない顔をしていた。
ドーベルマンに囲まれたチワワって感じ。
「坊主、オレたちが時間を稼ぐ。お前は退路を開け。なんとか怯ませて、その隙に逃げるぞ」
それがベストか。
「了解だ!」
「走れ――ッ!」
ガッスの号令で一斉に散開する。
俺は真っ直ぐ壁を目指した。
「俺チョー強い神拳奥義『膝砲弾』――ッ!」
飛び膝蹴りを叩き込むと、壁はもろくも崩れ去った。
「坊主、避けろッ!」
振り返ると、真っ赤だった。
何がって、視界がだ。
赤一色……!!
とっさに結界を張ったのが大正解。
熱波の暴風が結界の外で荒れ狂った。
シルフェンが火炎ブレスを吐いたようだ。
あたりは火の海。
せっかく開いた退路も火炎が逆巻いている。
俺はともかく、他の連中は燃え盛る階段を登りきることなんてできないだろう。
「畜生がッ!」
ガッスは地団太を踏んだ。
怒っても始まらない。
冷静によく考えて立ち回らないとな。
一つ間違うだけで、誰かが死ぬことになる。
「『思考加速』――」
体感時間が間延びしていく。
逃げられないなら戦って勝つしかない。
討伐だ。
こちらのメンツは俺とセーナの2人。
ガッスのパーティー3人。
合わせて5人だ。
前衛は今のところガッス1人のみ。
お仲間の魔術師2人と回復役のセーナが後衛として、俺は前衛に回ったほうがいいな。
「きゅん!」
おっと、お前を忘れちゃダメだな。
「シーバ、お前は遊撃手だ! 暴れまわれ!」
「きゅぃん!」
霊体となったシーバが一直線に突っ込んでいった。
俺もあとに続いて、と思ったところでセーナが前に立ちふさがった。
「何する気なの!? あなた、武器もないのに」
「なくても構わないけど」
俺は魔爪を生やして言った。
「本当にあなた、どのへんがサポーターなのよ。ただの主戦力じゃない。……これ、使いなさいよ」
セーナは若干嫌そうな空気をにじませつつ、黄金の宝剣を押し付けてきた。
試験合格の必須アイテムだ。
祭祀用の剣だが、刃はしっかりしている。
なんとか使えそうだな。
「大切に使わせてもらう」
「ぜひ、そうしてちょうだい。もし、怪我しても治してあげるから」
それは、心強い。
そうこうしている間に、シーバがシルフェンの前脚に突っ込んだ。
頭突きだ。
どがーん、という嘘みたいな衝突音がして、巨体が揺らいだ。
体格差を考えたら絶対に納得できない光景だけど、シーバの場合はこの言葉で全部説明がつく。
――さっすが聖獣だ。
「獣牙ッ!! 爪刃螺旋斬りッ!!」
隙を逃さず、ガッスが斬り込んだ。
体をひねって高速回転しながら、両手の爪でシルフェンの喉笛を斬り裂いた。
「チッ! 浅せえか!」
かっこいい技だな。
こうか?
「獣牙爪刃螺旋斬り!」
右手に宝剣、左手に魔爪で俺はクルクルしながら突っ込んだ。
高速で回る視界に血の渦が見える。
綺麗だ。
「あっ! お前、それはオレの技だぞ……!」
もう俺の技でもある。
今度、シロンにも教えてやるか。
「詠唱を積んで火力を上げろ!」
ガッスが魔術師2人に指示を出すと、シルフェンの興味が後衛に移った。
「セーナ、結界を張れ!」
「言われなくてもやるわよ!」
火炎ブレスが赤い特急列車となって後衛陣を襲った。
あっという間にセーナの結界にヒビが入る。
「させるかよッ!!」
ガッスがシルフェンの目を狙った。
が、跳躍したところで巨大な前脚をもろに食らった。
「がッハ……ッ!?」
ガッスはきりもみしながら吹っ飛び、セーナの結界を突き破って後衛2人をボーリングのピンみたいに薙ぎ倒した。
3人とも起き上がろうとする気配すらない。
気絶したか。
あるいは、最悪……。
いや、考えないようにしよう。
「セーナ、ガッスたちを守れ!」
「え? まも、……え?」
セーナは茫然自失の体だ。
頭真っ白で棒立ちしている。
「きゅいッ!」
シーバが4人のカバーに回ってくれた。
これで、動けるのは俺1人だけか。
迷宮主、やっぱり一筋縄ではいかないな。
どうする?
何かいいアイデアは……。
……。
ダメだ。
浮かんでこない。
というか、頭が回っていない。
イザックたちのわがままに散々振り回された挙句、ボス戦2回目だ。
集中力がなくなってきているな。
……なんか、もう面倒くさくなってきた。
すずめの涙程度の報酬しか貰えないのに、なんで俺が命懸けで駆けずり回らないといけないんだ?
もう、何もかも面倒だ。
一撃で終わらせるか。
俺はもうハブてました。
ハブてると俺は敬語になります。
「セーナ、残りの魔力全部使って結界を張ってください」
「け、結界!? わ、わかったわ……!」
「シーバも手伝ってあげてください」
「きゅん!」
さて、と。
俺はフラストレーションに任せて、シルフェンを蹴り倒した。
魔術師のどっちかが落とした杖を拝借し、魔力を高ぶらせる。
「あなた、何をする気なのよ?」
「俺にできる最高の魔法だ」
とだけ、セーナに告げておく。
闘技場で観て以来、あまりにも強大だから試したことはなかった魔法だ。
今こそ使いどきだろう。
俺は杖から魔力をほとばしらせた。
魔力を風に乗せ、乱暴にかき混ぜていく。
全力でだ。
許容限界を迎えた杖が手の中で燃え始めた。
熱いけど、我慢。
魔力を臨界点まで持っていく。
シルフェンが火炎ブレスを吐き出した。
しかし、暴風が火炎を巻き取ってさらに激しく膨れ上がっていく。
ここだ。
「龍域風魔法『風神龍葬』――」
俺は臨界魔力を解き放った。
真っ黒な風がシルフェンを呑み込んだ。
ブラックホールみたいな黒の中で雷鳴が轟き、稲光が走る。
赤黒い雨が土砂降りになり、風に乗って銀色の鱗が飛んでくる。
細切れになった肉片が俺の足にぶつかって止まった。
風が収まったとき、もはやシルフェンは原型をとどめていなかった。
「賢者様の……魔法」
セーナがぽつりとそうつぶやいた。
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