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13 生贄の祭壇


「セーナ、早く祭壇から降りろ!」


「わ、わかっているわよ……!」


 俺が怒鳴ると、セーナは鞭を打たれた馬のように走りだした。

 よろよろと足取りがぎこちない。

 殴られた腹が痛むようだ。


 祭壇の床が赤黒い光を放っている。

 捧げられた生贄に反応しているらしい。


「きゃ……!?」


 ようやく祭壇から出られるというところで、透明な幕がセーナを弾き返した。


「結界か……!」


 生贄を逃がさないためのものだろう。

 こちら側からは手が通るが、中からセーナがどれだけ叩いてもビクともしない。

 一方通行の結界みたいだ。


「なんてことをしたんだ、イザック」


 俺は祭壇の下で鼻歌を吹かす赤髪の少年を睨みつけた。


「うっせえよ。お前が嫌がるから別の生贄を用意してやっただけだろ」


「サポーター君、君はイザックに感謝すべきだ」


 ラウルが眼鏡をスチャリ、と鳴らした。


「君が嫌だと言ったから、彼はセーナを生贄に選んだんだ。君のわがままを彼は聞いてくれたんだよ。ありがとうの一つもあって然るべきじゃないかな」


「本気で言っているのか?」


 俺は唖然として尋ねた。

 二人が別の世界の人間にしか見えなかった。

 異世界とか、そういう話じゃなくて。


「あー、本気本気。もう別にどうでもいいだろ。やっちまったもんはさー」


「僕たちは君のわがままにこれ以上付き合ってあげられないよ? 社会は厳しいんだ。甘えるな」


 二人からの返事はそれだった。

 こいつらには何を言っても無駄だな。

 俺は今、人に見せられないくらい冷たい目をしていると思う。


 ズズズズズ――――。


 シャッターを下ろすように、上から壁が下りてきた。

 生贄を完全に閉じ込めるつもりらしい。


「助けなさいよ、ラウル! あなたの魔法ならどうにかできるでしょ!」


 必死に結界を叩くセーナを、眼鏡の奥の暗い目が舐めまわすように見ていた。

 顔、胸、素脚の順に視線が動いているのがわかる。

 じっとりした目だった。


「助けてやってもいい。ただし、条件がある」


 ラウルは言った。


「僕の彼女になるんだ。それなら考えてやってもいい」


「な……ッ」


 このむっつり眼鏡、殴ってもいいかな?


「僕のことはご主人様と呼ぶんだ。猫耳とメイド服で毎日ご奉仕しろ。語尾は『にゃ』一択だ」


「するわけないでしょ……」


 だな。

 しなくてもいい。

 俺は拳を振り抜いた。


「ギャばあ……ッ!?」


 眼鏡が砕け散って、ついでに鼻の骨も粉々になった。

 どうせ、こいつの実力じゃ結界をどうすることもできまい。


「おっと、油断したな。荷物持ち」


 俺の首筋にナイフがあてがわれる。

 イザックは勝ち誇ったような顔をしている。

 だが、もちろん油断などしていない。


 カラン――。


 折れたナイフが地面を転がっていく。

 俺が手刀で斬ったからだ。

 世の中には、そういう技もあるんだよ。


「ふぎゃバ……!?」


 こちらには、廻し蹴りを叩き込んでおいた。

 問題は、セーナのほうだ。

 結界自体は壊せるが、一方通行だと魔法も剣も素通りしてしまう。

 一度、中に入らないとダメそうだな。


「よっと」


 俺はシャッターをくぐって、結界の中に入った。


「うお、あいつバカじゃねえの!? 生贄は1人で十分なのによ」


「愚か者の考えることなんて、僕にはさっぱり理解で――」


 ずぅーん。


 シャッターが下りた。

 続いて、ゴゴゴゴゴ、と四方から壁が迫ってくる。

 ここは巨大なプレス機の中ってわけだ。


「なんて馬鹿なことをしたの!? あなたは死なずにすんだのに」


 セーナの声がわんわん反響している。

 俺は言った。


「困っている人がいたら、なるべく助けるようにしているんだ」


「私なんてアカの他人じゃない。命を懸けるほどのメリットなんてないわよ」


 あるんだな、それが。

 生前いいことをしていると、死んだ後で女神様が転生させてくれるんだ。

 便利な転生特典付きでな。


 俺は3度目の人生も欲しい。

 だから、隙あらば人助けと心に決めているんだ。

 女神には清く正しく生きなさいと言われているし、神様の言いつけは守らないとな。


 な、シーバ?


「きゃうん!」


 シーバも力強く頷いてくれた。

 これからプレスされるかもしれないってのに、前向きなワンコだ。


「私はあなたが生贄にされそうになったとき、助けなかったわ。だって、試験にどうしても合格したかったもの」


 お前がどんなに性悪でも見捨てたりしない。

 悪人の命でも平等に助けたほうがポイント高そうだからな。

 正義は人を選ばないんだ。


「さて、じゃあ壁をぶち抜くか」


「ぶち、抜く……?」


 何言ってんだコイツって顔でセーナが見つめてくる。

 まあ、百聞は一見に如かずだ。

 見ればわかる。


 俺はこの15年、とにかく貪欲に技を学び続けてきた。

 闘技場にも足繁く通った。

 だから、結界を破る方法も壁に穴を開ける方法も十指に余るほど知っているんだ。


「シーバ、この壁、壊して大丈夫そうか? ちょっと見てきてくれ」


「きゅぉん!」


 シーバが壁に頭を突っ込んだ。

 普通ならおでこをぶつけて転げまわるところだ。

 でも、シーバの体はへそのあたりまで壁に潜り込んでいる。

 まるで、水に顔を突っ込んでいるかのように。


「え、なに!? あなた、何を飼っているの!?」


「いちおう、ケットシーらしい」


 俺からすれば、犬っぽい猫だけどな。


「ケットシー!? それ、伝説の聖獣じゃないの!」


 血筋をたどれば伝説に行き着くかもしれないが、シーバはただのニャンコだぞ。

 ま、聖獣だからご覧のとおり『霊体化』とかできるけどな。

 壁もすり抜けて通れる。

 ちなみに、俺もできるが人前じゃやらない。

 服が脱げてしまうので。


 しばらく壁に顔を突っ込んで二股の尻尾をフリフリしていたシーバだったが、今度は壁から顔だけ出して、


「きゃんっ!」


 と、ひと鳴き。


 どうやら、壁の薄そうな部分を発見したらしい。

 でかしたぞ、愛犬ニャンコ。


「くぅぅん! くぅぅん!」


「よしよし、おーしおし!」


「ちょっと、撫でている暇はないわよ! もう壁がすぐそこに……!」


 基本、放置で大丈夫な猫と違って、うちのシーバはしっかり褒めてやらないとヘソを曲げるんだ。

 でも、そうだな。

 そろそろ、動くか。

 もう4畳半くらいしか残されていない。


「セーナ、下がっていてくれ」


 俺は壁に手を触れた。

 意識を手の内側、一点に集中する。

 ふーっ、と息を吐いて心を無にし、ありったけの力を一瞬に集約する。



「俺チョー強い神拳奥義『撃天掌』――ッ!」



 壁が吹き飛んだ。

 砲で撃たれたように、粉々になって。


「今なんて……?」


 驚愕と困惑が入り混じった顔でセーナが訊いてくる。


 たしかに、ふざけた名だ。

 俺が考えた名前じゃないぞ?

 昔、闘技場に出場していた個性派の拳闘士が使った技だ。


 結構強かったし、ファンも多かった。

 俺も推していた。

 拳闘士というのもいい。

 武器を持ち歩かなくていいから俺にあっている。


 などと思っているうちに、壁は元の位置まで後退していった。

 俺を生贄にするのはやめたらしい。

 いい心がけだ。


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