1 女神と柴犬
「小昼井ミト。あなたは死にました」
突然、そんなことを言われた。
何もない真っ白な空間。
背中に翼を生やした美少女が優しげな目で俺を見下ろしている。
なんとなく、女神っぽい。
たしか、俺は柴犬を助けようとして道路に飛び出したはずだ。
すごいブレーキ音が聞こえて、そして何もわからなくなった。
あっけない。
でも、人生の最期に誰かを救えてよかった。
誰かって犬だけどな。
「……」
女神がすごくバツの悪そうな顔で俺の横を見た。
釣られて俺も横を向くと、つぶらな瞳と目が合った。
「わんっ!」
さっきの柴犬だ。
内臓が弾けている。
でも、全身ぐちゃぐちゃの俺よりマシだ。
助けたつもりだったんだけどな。
「後続車に……」
女神は俺と目を合わせてくれない。
そっか。
無駄死にか。
「そんなことはありません」
即座に否定。
俺の心、読めてない?
「善行を行うすべての者に、私は等しく機会を与えます。やり直す、機会を」
それって。
女神はコクリと頷いた。
「善なる魂を持つあなたを転生させてあげましょう。ここではない、別の世界へ」
異世界転生か。
じゃあ、次の世界は車がない世界がいい。
轢かれて死ぬのはごめんだ。
「願いを聞き届けましょう」
あんまり原始的な時代でも困るから、中世くらいの文明はほしい。
現代知識で無双するのはお約束だ。
もちろん、前世の記憶は引き継――
「消します、すべて」
慈悲はなかった。
読み書き計算、歴史もマナーもイチから覚え直しか。
せめて、物覚えがいい子に転生させてくれ。
「取り計らいましょう」
聞き分けのいい女神で助かる。
「くぅーん」
柴犬が俺に頬ずりしてきた。
脱腸犬に懐かれてもなぁ。
「その犬はあなたと離れたくないようです。ともにいきなさい」
女神が手を振ると俺の体は消えてなくなった。
柴犬もだ。
光の玉となって、どこかへ落ちていく。
「小昼井ミト、清く正しく生きなさい」
そうだな。
善なる魂しか転生できないというのなら、そうすべきだろう。
善処します。
と言おうと思ったが、声が出なかった。
女神の顔がスーっと遠くなり、ついには何もわからなくなった。
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