厄介事 【月夜譚No.280】
こんな状況に人を巻き込まないで欲しい。目の前に広がる光景に、少年は溜め息を吐いた。
教室に並べられていた机や椅子が引っ繰り返り、掲示板に貼ってあったプリントは破かれて散乱し、クラスメイトのものであろう学生鞄が今、窓の外に放り投げられた。
「なあ、頼むよ」
知り合いの懇願するような声に、少年は再び出かかった溜め息を飲み込んだ。仕方ない。
少年が教室に一歩踏み込むと、中央にいた黒い塊がこちらを振り向いた。鋭い視線と唸り声に、廊下で様子を窺っていた生徒達がたじろぐのが判る。
少年は顔の前に指を二本立て、口の中で何事かを唱える。吹いてきた風に髪を靡かせ、指先をソレに向けた瞬間、音もなくソレは掻き消えた。
「じゃ」
短く言って教室を出る少年に知り合いが追い縋って礼を繰り返すのを適当にあしらい、帰路を急ぐ。
よりによって愛読している漫画の発売日に足止めとは、ついていない。アレを始末できる人間は限られるとはいえ、何も今日巻き込まれることはないだろうに。
少年は少々の不愉快と漫画の続きを思って、校門を潜った。