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パラレルワールドハレム  作者: 和泉日生
8/18

第七歩踏み込む

ぜんそくが判明してだるい日が続きますがそれはそれとして更新が遅すぎです。何とか頑張っていきます

レイナに護衛されて俺はネイリマさんのいた農場からフィレリアさんの執務室の前に着いた。


「大丈夫でしたか!ケイさん。」


フィレリアさんが俺の首元をさすってくれる。幼馴染を思い出す。大丈夫というと安堵の笑顔で俺を見る。


「・・・。危険な目に合わせてしまいました。ですがネイリマさんから何か得られましたか?」


申し訳なさそうにこちらを見るフィレリアさん。ただ本題を切り出してくれた。気を使いあって気まずくなるのはさすがに無駄だ。


「俺は自分だけの夢を見てた。でもそれだけじゃないことも分かりました。しかし、俺の悩みにピンポイントな人を良く紹介できましたね。」


「皆さんを見るのが仕事ですからと笑うフィレリアさん。」


それがすごいと思うが。

何というかこの人がまだ大事を成していることを見ていないが、細かいところで凄みを見せている。

だんだんだん!と廊下から足音が響いてくる。一緒に着いてきていたレイナが扉を薄く開けて様子をうかがっている。


「メーフィアがこっちに来てる。」


レイナがこっちを見て呟く。入れてあげてとジェスチャーをするフィレリアさん。同時に俺は扉のわきに隠れて念のための事態。都市の関係者が来ることに備える。

メーフィアがレイナによって開かれた扉に飛んで入ってくる。息を切らして相当急いだのが分かる。


「フィレリアさん!来客があります!都市からの大使のチュジュカ様、それと村落の代表のセレイナさんが到着しました!」


フィレリアさんは予定を知っていたようにゆっくりと頷く。その表情から直感した。これから俺の取り巻く世界が変わっていく。


「ケイさんはそこのクローゼットに隠れてください。都市のチュジュカと村落のセレイナこの先貴方が向き合う相手の大使です。しっかり見ていてください。」


俺はフィレリアの衣装の入っているクローゼットに入る。真っ暗ではなく鍵穴から一寸の光を感じる。これはのぞき穴替わりで使える。

コンコンとメーフィアが入った後閉じられた扉をたたく音がクローゼットに響く。


「レイナ・メーフィア扉を開けてください。」


フィレリアさんはうやうやしく彼女らにお辞儀する。


「本日は労苦を顧みず教会にご足労頂き大変感謝いたします。」


服装の差でどちらが都市の出身かすぐわかるチュジュカとセレイナがフィレリアさんに続いてお辞儀する。

目を引くのは都市の大使のチュジュカの方だった。


「元気そうねフィレリア。過労死にはまだ早いかしら?」


チュジュカは自信の溢れた薄ら笑いを浮かべてフィレリアさんを見る。薄ら笑いで裂けたように見える口元、縦に長い瞳孔は蛇に見えた。瞳の奥は沼のように濁って真意が読めない。大使といったな。あいつがトップではないのか気が重い。それだけ威圧感があった。


「休むのも仕事ですから。過労死の予定はありませんよ。」


二人の間にピリピリとした空気が蔓延する。


「あたしも忘れるなよ!」


身長の小さな少女が空気を読まずに叫ぶ。ぴょんぴょんと飛び上がる姿はアニメでしか見たことがないものが見れて感動を覚える。こんな人リアルにいるんだ。


「セレイナも会いたかったですよ。」


セレイナと呼ばれた村落の大使は明らかに威厳がなかった。どちらかと言えば緩衝材とかやるタイプに見える。村落はまばらに存在するらしいし、そういう人が代表をやるのは納得できる。

だが俺の視線はすぐにチュジュカに映る。チュジュカは俺のいるクローゼットを見ていた。俺はクローゼットの鍵穴から見るが視線が合っているように感じる。ばれていないよな。そう絶対確実にばれていない・・・はず。実際は獲物を探す蛇を巣穴から覗いている気分だった。


「チュジュカも今日は挨拶だけだ!退出するぞ。」


セレイナがチュジュカを引っ張って退室させようとする。セレイナがフェレリアとアイコンタクトのように視線を合わせていた。


「そうね。明日のフィレリアはどんなドレスで来るのかしら楽しみね。」


「見とれるものを用意します。美容師のサキとピニーナは来ていますね。」


チュジュカの言葉にフィレリアが応える。


「ええ、以前のカット中に所望したものを用意しているようだわ。」


教会が健在であることを示すためフィレリアの衣装は大事なものなのだろう。それだけ経済的余裕を示すものだ。

・・・しかしサキという人やり手だな。カット中の雑談で相手から欲しいものを引き出して用意するの。・・・俺が学んで来て実践できなかった営業テクニックだ・・・。


「じゃあ。」


セレイナはチュジュカの裾を掴んで退場していく。チュジュカは扉のノブを掴んでから振り向く。


「光の雲のことも会議でお話ししましょう?」


キィィィと扉がきしむ音とともに閉じる。やがて、彼女たちの足音が聞こえなくなり久しくなる。

チュジュカは俺を見ていた。あれは偶然なのかそれとも駐在官からの情報で男がいることを見抜いてブラフをかけていたのか。それとも本当に見えていたのか。




***私室***


俺はレイナに護衛されて私室に戻った。


「今回は都市側から会議の要請があったの、修繕費の交渉なんて今までこっちからしかなかった。たぶんあなたのことが今回の会議の本命だと思う。でも、まだあなた様を都市に公開する準備なんてまだ教会にはできてない。あなた様を察知されても確証は取らせてはだめなの。」


レイナが俺の部屋に入ってその言葉だけ残していなくなった。

都市は多分俺の存在を薄々気が付いている。だが確証を持たせないことが大事だ。確証がなければ俺は神話生物なのだから。




***アンリの執務室再び***


「おっひさ=!大変だったよね。でもこんな時ほど明るい気分で!気分転換にはヘアサロンが一番サキとピニーナにお任せ!」


サキが自己紹介しながらピニーナとポーズをとっているね。二人をクロスするようなポーズだがサキが笑顔なのと対照的にピニーナは真顔でポーズをとっている。


「お久しぶりです。お土産の香辛料とお砂糖はコックさんに渡しておきました。皆さんの元気にどうぞ。」


割と無理してるポーズでプルプルと震えながらピニーナは挨拶をする。


「お二人ともお元気そうで何よりです。前回のカットで所望していましたお衣装の準備ありがとうございました。お手紙での細やか経過報告でお知らせいただいた手並みは大変感動いたしました。」


「いつもはもっとフランクだよね!?」


フィレリアがくすくすと笑う。店員と客という関係ではない馴染みの店舗といったやり取りだ。


「フランクなお話はこれからカットの時におねがいします。」


「オッケー衣装やメイクは明日だけどカットは今日中にやっちゃうね!流行りのファッションも十分ちょいで紹介するから。そのあとはフィレリアの近況を聞かせてね!もちろん明るいことね!」


サキがカット用のはさみを取り出し。ピニーナが衣装カタログを持ってくる。


「さあ、急いで急いで!時は金なりだよ!お土産代の接待交際費=の元とるだけの楽しいお話聞かせてね。」


フィレリアははいはいと言いながらサキに押されて執務室を出て行った。




***翌日の会議場 三勢力集結***


小さな会議室に三勢力の交渉役が集結していた。

都市から生まれて村落の味方をする教会。フィレイアを交渉役に周りを護衛役の数人程度が部屋にいた。

都市から排除を望まれ辺境の地で生きる村落。セレイナを交渉役に彼女一人だけだった。

この会議のキーマンの教会。教会はチュジュカを交渉役に教会と同数の護衛が部屋にいる。部屋にいるのはこれだけだが教会内の指定された区域。教会の城砦の外には大量の都市の兵士が駐在していた。


「さて各々の準備が完了しました。これより臨時会議シィクロウィーン教会襲撃復興支援交渉を開始します。」


フィレリアは音頭を取って開会の宣言をする。これから行われる内容がいかなものであろうと彼女は和やかに宣言するだろう。そう思わされるほどピリ着いた空気の中でいつも通りのように朗らかに告げた。


「今回は教会がシィクロウィーンの襲撃を受けた件で復興の支援が必要となっていることについて話し合います。この場を主催していただいた都市の元首のファルケ様に感謝いたします。」


フィレリアはチュジュカに向かって立ち上がって頭を下げる。それを見る村落のセレイナは不満そうにフィレイアを見る。


「都市が言い出すなんて天変地異でも起きたか?」


セレイナが煽るようにチュジュカを見る。村落から見れば都合のいいように使われているからね。


「ファルケ様は気になることがあったようですから。ねぇフィレリアさん?」


気になること?とフィレリアはとぼける。


「教会の祈りが届いたそうじゃない?光の雲から矢が降り注いだって。」


チュジュカは報告書を机に投げる。その眼には神の奇跡なぞ信じていないせせら笑いが浮かんでいた。


「えぇ。ようやく神に祈りが届きました。多大な犠牲は心が痛みますがこれはクレインにとって大きな一歩です今後も都市には支援をしていただきたく思います。」


フィレリアはにこやかにチュジュカを見る。建前だが大きな武器であるケーミス教を押し出すフィレリア。それだけクレインの根底にあるものだ。


「そんな技、聖書に書いてないじゃない。さてどこの技術かしら?ファルケ様はとても興味をひかれているの。いるのでしょう私たちの知らない技術を持つ男性が。」


どうしてそこまで言い切れるのか。自分たちの知らないはるかに高度な技術を持つ人間がいる。それにこの世界にはいない男性がいる。二つの要素が神が奇跡を起こすより信じられるのなど狂っている。


「奇跡ですよ。その時祈っていた子をお連れしましょうか。その後に体調を崩してしまって部屋で休んでもらっているのです。」


先の山賊の襲撃という体の都市の襲撃とも整合性のある言葉がフィレリアから出た。教会が守っている人がいるのは都市にばれている、その辻褄合わせだった。


「都市は男性の存在を否定する。これはファルケ様の決定した都市の総意よ。」


もしケイが聞いていたら絶望するだろう。フィレリアの説明を一切無視した言葉がチュジュカから出る。クレインを統括しているのは都市だそこから否定されれば世界を繋いで世界改変防ぐトロイメライの目的を達成できない。


「なに言ってんだよチュジュカ!なにいってんだ頭でもおかしくなったのか。」


セレイナが立ち上がり一歩的にしゃべるチュジュカ向かって叫ぶ。はたから見ればチュジュカ狂っている。そう、ケイの存在を知らなければ。


「ほら、この子でしょう?」


チュジュカは一枚の絵を取り出す。そこにはケイだけじゃない仮に屋上で都市の駐在官が見ていないはずのケイの持ってきたリュックが描かれていた。

フィレリアは目をつぶる。これからのことを思惟しているのだろうか。


「彼は神の使いですよ。混乱の元となるため伏せていました。」


「そんなことはどうでもいいの。全部知ってるしそれも重要じゃない。引き渡しなさい。殺害するわ。」


フィレリアは頬から汗を流す。ケイの存在を知っていたセレイナもフィレリアを見る。


「ファルケ様を侮らないことね。残念だわ。円満に終わらせたかったとのことでしたのに。」


ファルケが合図をすると護衛の兵士が窓を開く。教会側の護衛のレイナは机に上がってフィレリアの盾となりメーフィアがチュジュカの横に立つ。都市の兵士は鏑矢を素手で外に投げる。

合図が空に伝わった。


「そういえば最近都市のある商会が倒産の危機だそうね。確かお茶を扱っているところだったかしら?都市が支援しないと危なそうね。」


フィレリアは教会の歪みを利用されたと察した。


「残念でした。フィレリア。」



***教会の一室 ケイの待機室***


「ケイさん新しいお茶はいかがですか?」


俺は閉じたカーテンから漏れる光を眺めていた。そこにエネの明るい声が耳に入ってきた。少しだけいつもよりうわついてる気がした。そりゃそうだろう今教会の今後が決まる会議をしているんだ。でも俺には楽しみだと思うようにした。まだ先になるけれどこれから先いろんな人にかかわれる俺はそれかみんなと目標を見つけたい。


「お願いできるかな。」


そういうとエネは一旦部屋から出る。部屋の中に護衛の兵士が二人とエネと俺だけがいた。話し相手になってくれたエネが部屋を出て少し静かになる。もともと騒げる状況じゃないからこそこそ話だったが手持ち無沙汰になってしまう。彼女の家族ソロルスは都市の商会で村落から輸入しているお茶を販売している。紅茶の入れ方やアレンジの果実茶などに始まって。この世界では製法が確立されていなかった烏龍茶の製法の解説など楽しい話ができた。それにこの話は武器になる。

先進技術は教えられないがこの世界にあるものでまだ発想に至ってないだけの多少の技術提供はリリィさんにも認められている。すぐには交渉できないが都市の人たちとその話で友好を深められれば。交渉の助けにもなる。村落を見ても俺たちにとっては古い技術であっても貧しい村落を助ける技術にもなれるはずだ。それが俺にとってのモチベーションにもなればいいな。


「お待たせしました。お茶をお持ちしました。」


エナさんがポットを持ってくる。


「さっきと違うポットだね。」


まず色から違うポットだから簡単に気が付いた。さっきの話で違うお茶を出すと言ってたけどそのために変えたのか。


「そうなんですよ。さっき使ったのを洗うのでまた失礼しますね。」


エネは自分の分を一口飲んでから、護衛の二人にもお茶を淹れてあげる。


「では冷めないうちに飲んでください。感想教えてくださいね。」


俺と護衛の二人に伝えるとエネはじっと見てくる俺たちは一口飲んでカップを上げる。エネはにっこりしたあと去っていった。




教会の警備のシスターに背中を押されながらエネが廊下を進む。押してあげなければ振り返ってしまいそうなほど不安定な瞳の揺れが見える。


「仕方ないでしょエネ。こうしないと家族が・・・。」


エネを説得しようと背中を押しているシスターが耳打ちする。自分にも言ってるようだね。そのシスターの呼吸が浅い。エネとそのシスターは前を見てハッとして会釈をする。彼女たちが手引きしていた都市クリューソスの兵士と廊下ですれ違う。そしてエネたちは都市の兵士の待機している区画の馬車に乗り込んでいった。

もうケイさんたちは捕まっているだろうかそう窓の外を見る。教会の白服のシスターが倒れていた。エネは同乗している都市の兵士を揺れる瞳で見る。


「生きてますよね・・・?」


「気道も確保している命に別条がないのも確認済み。さすがに都市の仲間を殺したくはないから。」




***ケイの待機室 健在なものはいない***


喉が焼ける痛みとも渇きとも分からない焦燥が全身を駆け巡る。脂汗が噴出し止まらない背中を伝う汗が感じられ気持ち悪い。毒だ。割れたカップが俺の下敷きとなりもがくだけで肌が裂ける。でももがかなければならない苦しいからじゃない。外から鎧のすれる音がちゃんがちゃんという音と重量感のある足音が地面から聞こえる。

俺にとどめを刺す気だ。ちらりと見える護衛も倒れている。

でも希望はある。とどめを刺しに来てるということは致死毒じゃない。何とか逃げなければ!

でも・・・。もがくが体は少しずつ動かなくなる。一筋の光が廊下から見える音はもう聞こえないすぐに影が俺を包んだ。とり囲まれているのだろう。視界が歪んでいくのか影が散乱して見える。それでも・・・。




***会議室***

「ケイさんはどうなってかしらねぇー。あれっ」


チュジュカはメーフィアにひるむことなく立ち上がり外を見る。演技がかっていてまるで台本があるように大げさなリアクションだった。


「あそこに白服のシスターさんが倒れてるわぁ?!過労で倒れたのかしらねぇ!どこもこうなっていたらケイさんがどうなっていてもおかしくないわねぇ。」


「ケイさんをどうしても抹殺するのですか?」


フィレリアは目をつぶって発する。


「人工子宮でしたっけ?不要ですわ。」


ゆっくりと目を開きチュジュカを見る。ケイを害することはクレインの時を動かすことの拒否だけではない。村落との完全な決裂だ。ケイは村落にとって希望だった。人数の減少によってシィクロウィーンの襲撃を防げなくなってきている村落にとってケイの提案する人工子宮を導入しないことは存続の拒否に値する。教会は都市から発祥した村落の支援のための組織だ。今後は都市から支援を受けられなくなるのは教会の崩壊だ。つまりクレインに都市以外必要ないという宣言だった。


「交渉決裂は残念です。それはでも今だけですよ?」


フィレリアはにっこりと笑う。その表情にファルケの名を思いながらチュジュカはそう総毛立つ。

チュジュカの心にうるさく叫ぶ都市がファルケ様がはめられたのか?!

チュジュカが頬に汗をかいている一方フィレリアは背中にジワリと汗を流していた。


(ケイさん逃げ切ってくださいね。)




***ケイは誰かの腕の中***

黒い霧に満ちていた視界が白くなる。体が重いでも感覚が戻ってきた。急に体が不安定になる。トランポリンに乗って他人が大きく飛んで転んだような不安定さだ。やっと喉に液体が流し込まれているのを感じる。真夏の陽炎の前で冷たい水を飲んだようなじんわりと熱が奪われていく心地よさが俺の体に広がった。ふわっとした感覚が安定に向かい戻ってきた感覚で誰かにおぶって貰っていることが分かる。


「危ないからよく捕まっててね。」


俺をぎゅっとつかんで背負うと窓の割れる音が響く。もったいない貴重なガラス窓なのに・・・。視界が戻ってきて俺の飛びだした先が見える。太い木の枝に飛び移ろうとしている。


「あっ!」


ようやく戻ってきた安定感が再びトランポリンに投げ込まれる。俺を背負っている人がつるっと足を踏み外して二人で中空に投げ出される。大丈夫だろう。多分フィレリアさんが送ってくれた相手だ助けて・・・。


「ごめん勝手に受け身とってね。」


背負ってくれていた彼女に中空に投げ出される。まじか・・・!


(動いてくれ!俺の体!)


突然の死の淵に意識が夢現から一気に現実に戻ってくる。だが金縛りにあったように体はゆるりとしか動かない。でもできる限り中空でもがく。


「ぶべら!」


うつぶせの形で全身を強打したがミジンコのような動きでも首を死守した。ここがいかれるとさすがに前向きになれない。


「大丈夫?ひどい目に合ったでしょ?」


こいつ・・・。他人事のように。

俺は寝返りを打って仰向けになる。空には鋭利なものが降って!指が素早く上を指したいのに全然動かない!


「や、やぎ」


「寝ぼけてるなら羊じゃないの?」


中空で風切り音を立てる槍をさっとひったくる。俺の上に落ちてきてたぞ・・・。この一分で二回死神に撫でられた。


「武器も持ったし、じゃあいこっか。」


感覚が戻ったことが早々に後悔する。無理やり右手を引っ張り上げられ上着でも片手で羽織るように背負われる。もちろんそんなことされれば肩はイカレル。


「ぃったぁ」


かすれた叫び声がどこにも響かなかった。

そのまま彼女は走りだす。さっきから救出相手殺しかけてるけど。


「しっかり捕まっててね。」



***城砦にてメリーの待機所***


「ちっ。始まったのか。やはり都市との交渉を開催するべきではなかったであろう。」


メリーは悪態をつく。彼女はこの会談にあまり乗り気ではなかった。まるで勇み足な猫の蛮勇による失敗を冷たく見る老猫のようだ。


「ですがこの会談をしなければ都市に不信感を与えるだけだったのでは。」


近くにいた白服のシスターがいつもの対応のように答える。

この人は本当によくフィレリアさんと対立するな。そう思っているね。



***疾走するメルアシアの背中の上***


メルアシアは教会の敷地を飛び越え城下町の路地裏に乗り出した。俺たちの脱走がばれているのか都市の連中の怒号が聞こえる。


「城砦の内側には都市の兵士は少ないみたいだね。メリーたちが頑張ってくれてるおかげだね。」


俺も建物の隙間から見える城砦を見る。たしか教会には入れる都市の兵士は制限している。今外部から乗り込もうとしている兵士をメリーたちは防いでいるだろう。


「いました!」


俺たちの背中の方から都市の兵士の声が聞こえる。


「まずいね。でも大丈夫逃げれる。経路は確保してるからね。」


メルアシアはペースを上げて走り出す。後ろには軽装鎧の兵士たちが迫ってくる。とくメルアシアは息が切れないな。


「階段上るから気を付けてね。」


逃げ回っている間に城砦の外壁に来ていた。かなり高い城壁だ。これを上っていくのか・・・。人間とは思えないプロスポーツ選手でも超一流を見た時に感じる人外感をメルアシアから感じる。


「さすがについていけないのか駆け上がるメルアシアについてこれる都市の兵士はいない。もともとの重量感に加えドップラー効果で低く響いてくる。


「到着したよ。」


メルアシアは城砦の最上部の手すりの教会側に立っている。メルアシアは戦いの邪魔にならないように手すりの上をひょこひょこ歩く。

城砦の揺れが俺の心をくらく揺さぶる。都市の兵士は破城槌を城砦に叩きつけている。操作している兵士は何らかの装備で上向きに盾を装備している。城砦の上ではシスターたちが小石で応戦している。


「あまり大きい石を使うな。殺すのはまずい躊躇させて時間を稼ぐだけでいい。」


隊長と思われる兵士が指令を飛ばしている。少なくとも交渉は続けるためか、俺としても助かるが教会も都市の支援で成り立っている。


「Cブロックも攻撃が始まりました!」


騒がしい中走るメルアシアがぴたりと止まる。


「こっちに行くよ。」


メルアシアの足が止まったのは戦地から少し外れた城砦の外側の手すりの上だった。数十人の警戒のための兵士のほか武器と用途不明のポールがあった。


「破城ついに突破されました!」


遠くから報告が聞こえてくる。すでにここにいるのも危険になる。都市も人的資源の関係でできるだけ殺人はしたくないだろうが俺を消すためならいとわないかもしれない。どうする。


「外に逃げるよ。」


「どうやって飛び降りたら死ぬよ。」


城砦の上はかなり高い。生き延びられる自信はない。


「こうやって!」


メルアシアは城砦に置いてあるロープをおもむろに手に取る。ずいぶんと太いロープだ。


「とおりゃあああ!」


メルアシアは気合を入れた叫び声をあげてロープを綱引きのように引っ張る。

ロープの先を見ると城砦の外の地面が割れている。埋められたロープがめきめきと音を上げ引き上げられる。それを見るとロープの繋がっている先が判明する。森の奥だ。あそこなら兵士を巻くのにちょうどいい。城砦に置いてあるポールにロープの半ばについているフックを引っかける。まるでジップラインのよう。ジップライン?


「これで行くの?!」


俺は思わず叫ぶ。いやいやいや強化繊維でもないただのロープ。しかも埋められてたものだよ?!大丈夫?二人分の重量を支えられる?


「せいかーい。」


メルアシアがポールの近くに置いてあるS字フックを取り出す。え、厚さ三センチくらいのフックを直に掴んでるよ?無理でしょ?!ロープもやばいフックもやばいで行ける要素ないぞ!


「いやダメだって!せめて俺の服で命綱ァ!!」


ダッシュジャンプで乗りやがった!フックをジャンプ中に引っかけやがった!頭おかしい!ちょっとフックを引っかけ損ねてたし!


「あれ?思ってたより重く感じる!」


メルアシアが冷や汗をかいて呟く。そんなお医者さんに手術中やばっ・・・て言われるくらい不安になること言わないでよ。

ロープの軋みとフックの歪みひどくなる。


「頑張って!半ばは越えたから!」


メルアシアの顔が青くなる。フックを掴んでる手の握力に連動して俺を支えている手の握力も落ちてくる。やばいって。おれはまだぜんぜん動けないからメルアシアの支えがないとずり落ちるそれ以前にもうちょっと耐えてくれないとまだ5メートルの高さがあるって!


「10秒後パージします。」


メルアシアが汗だくで宣言する。マジかよ!俺たちは離れ離れのまま森に突撃する。これ枝が刺さったら死ぬ。

ざざざざっ。という音が俺の耳にやかましく鳴り響くがそれがやかましいと感じる余裕があるってことで許容する。草木がクッションになってくれて無事だった。メルアシアも問題なさそうだ。


「メルアシア大丈夫?」


「心配ありがとーこのとーり。」


メルアシアはぱんぱんと土ぼこりを払って俺をおぶって戦地の方を見る。


「ばれちゃってるね。疲れてるけどもうひと頑張りしなきゃ。」


メルアシアは馬で追ってくる数人の兵士を見ると森の中に逃げ出す。




森を走り回り都市の兵士を巻いた俺たちは洞窟で休憩を取っていた。だが俺の体調はすぐれないまま。いや悪くなっていったアドレナリンが切れただけじゃない明確に体調が悪化している。


「大丈夫かな。ちょっと待っててね。」


メルアシアをうなだれながら横目に見る。ごそごそと腰のポーチをあさっている。保護のためずいぶんと厳重に何かを保管していたようだ。


「最初に飲ませた薬はその場しのぎの薬なの。」


メルアシアは薬を取り出すと俺の前に見せる。木の瓶に入っている薬だ。俺は封を開けて薬を一気にあおる。


「ぐっ!」


思わずうめき声が漏れる。おかしい。飲んだ数拍後から体が熱くなる。喉の奥から強烈な吐き気と倦怠感が襲ってくる。


「な・・・ぜ・・・うぅヴぉおああぁ。」


メルアシアがにやつく前で吐いた。腹ん中のもんが全部なくなるんじゃないかってくらい体の中のものが逆流する。体から水分が全部消えたような錯覚に陥るほど吐き出す。体を支えられず横たわってなお吐き気は止まらない。もう胃の中もカラカラなのに勘弁してくれ・・・。


「あはははは!」


メルアシアは座っている岩の上で足をばたつかせながら笑う。騙された。睨もうとするが上を向くことすらできない。メルアシアは蹴って俺を仰向けにする。おれはえずくことはできるがもう内容物はない。

メルアシアは槍を構える。それから俺の腹に突き指す。もうリアクションができない。それほど弱っていた。


「うん、これで大丈夫。」


俺の腹からは確かに血が流れている大丈夫なわけがない。ただ流れているのは俺の腹の上だけだ。貫通して背中から流れている感触はない。


「焼いちゃうよー。」


今度は腹が焼かれるでももう痛みを感じる元気もない涙だけが出てくるだけだった。


「これ飲んで。」


つかれたけどもう回復してきてるでしょ。メルアシアの言葉で少し体に意識が戻る。さっきまで体調が悪くなっていた。でも今は違う毒が抜けたのか。


「胃の中の毒を吐き出させて。胃の中に直接薬を塗って吸収してる毒を解毒したよ。三時間後くらいには動けるようになるから。あの毒は二日間苦しんだ後自然排出されるんだけどね急ぐ必要があったから。はいこれ胃液の補充薬。」


メルアシアがけたけた笑いながら水筒を渡してくれる。俺を護衛していた白服のシスターを殺すわけにはいかない。死なない毒だったんだよな忘れていた。

少しの休みの間に俺は服を着替えてメルアシアにおぶって貰う。


「逃げ切れるよな。」


俺は気楽に。あえて気楽にそうメルアシアに聞く。


「もちろん。」


俺を背中に背負いメルアシアは軽い足取りで森の中を歩き出す。整備されていない荒れた道を気にすることなくスムーズに進む。背負われている俺は申し訳ない気持ちになるがまだ体は良く動かない。

そう余裕があったのはその短時間だけだった。ぴょんとメルアシアが飛び越えた小さな石にナイフが突き刺さり爆散する。


「わ?!っわ?!」


メルアシアは転びそうになりながら走り出す。やばいのが来たそれだけが二人の分かることだったが走り出すには十分だ。


「しっかり捕まってね。」


メルアシアは全力で走り出す。


「面倒だから逃げないでよ。この後もやりたいことがあるんだから。」


メルアシアはかなり速く走ってるのに一文字ごとに奴の声が大きくなる。


「ケイ。我慢してね。」


メルアシアは俺を後ろに投げ捨てて後ろの都市の兵士に向かい合う。


「ケイ気を付けて!こいつはミリーシャ!クリューソス一の槍使いだよ。都市で一番強い人」


ミリーシャと呼ばれていた少女がふらふらとけだるそうに近づいてくる。右手には槍を握っている。無防備に見えるその姿に弱者のイメージは重ならない。足元がかなり凸凹してるのに躓くことなくメトロノームのようにふらふらと歩く。普通に歩くより圧倒的にバランス感覚が必要だと分かる。

ミリーシャは左手にずるずると俺たちがわたってきたロープを引きずっている。カットされているが8メートルはある。突然それを空高くに放り投げる。馬鹿だろ・・・。あんだけ長いもんを片手で15メートル以上放り投げる。


「さすがに見えるでしょ連絡完了。」


大地に帰ってくるロープの先端をミリーシャが掴んで俺たちに叩きつけてくる!

メルアシアは俺を抱きしめて左に飛ぶ。間一髪ロープはもともと俺のいた場所を貫く。だが油断できない。


「ロープ軌道が変わるぞ。」


あの化け物膂力だ。ロープの軌道なんて変幻自在だ。


「伏せろ!」


俺の言葉でメルアシアはしゃがむ。縄跳びの縄のように軽快に8メートルもあるロープを横なぎにする。ロープの軌道を目で追うと進路上の木々を粉砕していく。

前方から獣の悲鳴が聞こえる。猪の絶命した声だ。


「はいオッケー。連絡したしご飯のノルマも運んでくれるでしょ。」


こいつ・・・。俺たちの抹殺と雑事を並行してやってるのかよ。


「通常任務はこれで終わりだ。じゃあ緊急任務を何とかしますか。」


まるで覇気はないでも。やる気も感じられない。雑事と並行して任務に対する。真摯さも感じない。それでも俺たちを殺すのには十分だと直感する。


「どうする!」


「頑張って撒くよ!」


メルアシアは早々に撃退を諦めて走り出す。森の中なら平地よりは撒ける確率はましだろう!


「疲れた。いったん休憩~。」


ミリーシャはその場にへたり込むでも油断できるわけなんてない。できるだけ奴の視界から消えなくては!


「まったく一人で追えって・・・。奇襲受けたらどうするの?ロクデナシな命令ばっかり。」


そう呟いていたミリーシャの声は俺たちには聞こえなかった。すでに俺たちにはミリーシャの姿はもう見えなくなった。


「メルアシア息を入れたほうがいい。遠くに行くより見過ごさせる方がいい。俺が目になる監視は任せて撒くためのルートを考えてくれ。」


メルアシアは頷いて速度を落として走る。まだメルアシアの息は上がってないが。疲れで集中を切れさせるわけにはいかない。

ボーンとくぐもった音がする。

背後から爆音とともに丸太が吹き飛んでくる。いや・・・。ミリーシャがロープをぶん回して半径8メートルの竜巻をぶち起こし木々を竜巻の外に切り飛ばしまくっている・・・!奴を中心にミステリーサークルが形成されそれを巻き起こす竜巻は俺たちを猛然と追ってくる。


「逃げ切れるか!?」


「無理だって!」


俺たちはしゃがみこんでこの災害が収まるまで祈るしかできなかった。真横に丸太が飛んでくる直撃だけじゃなくて破片でも俺の命はすぐ消える。あれはもう人間じゃない災害だ!


「ねぇたのしかった?」


竜巻が消え去りぶっきらぼうな言葉だけが空気を走っていった。


「スリル満点だった?」


ミリーシャは揺れない瞳で俺たちを見る。何も言わなければ即座に殺してくる!背筋が震え心臓がそう叫びだす。


「凄かった・・・凄かった!だから、助けてくれ・・・!」


「土壇場で命乞いしてくる奴は嫌い。」


ミリーシャはちぎれたロープを打ち捨て神速で突進してきて無造作に俺に槍をたたきつける。ガキィンと金属同士が火花を散らす音が響く。メルアシアが受け止めて俺ごとふったばされた。

俺たちは吹っ飛ばされるがメルアシアは即座に立ち上がる。そうしないとすぐに殺される。

俺を捨ててくれ!そう叫びたかったがそんなことメルアシアにはできないんだよ!

メルアシアは槍を持ってはいるが両腕はぷらんとたれている。

あの化け物の一撃を受けたんだ。相当腕にダメージがいってる。


「いいね。シィクロウィーンと年がら年中戦ってるだけのことはあるじゃん。」


ミリーシャはまだふざけた雰囲気は残るが目にぎらつきが宿っている。無理だ戦う以外の選択肢を取っても未来が見えない。


「せめて人と関わってるときだけは戦いたくないんだけど」


メルアシアはミリーシャの口元に笑みが浮かんでいるのを見ると自分から仕掛けていく。化け物相手に防戦一方よりワンチャンスを狙った攻勢を選んだみたいだ。槍を上からたたきつけるがミリーシャは簡単に受け止める。


「あんた件かわかってるじゃん。」


ミリーシャは笑ってメルアシアの攻撃を受け止め続けている。まるで小さな子供と腕相撲する大人のような余裕がある。


「喧嘩は初めてだよ!」


メルアシアの言葉に彼女の体をはじき返して答える。ミリーシャはそのままメルアシアを槍の穂先で切りかかる。メルアシアはナイフを抜いてそれを受け止める。明らかに力負けをしているが仕切り直さない。俺を背負ってるから身軽に動けないんだ。俺は歯噛みするしかできない。いましっかり動くところなんて首から上だけだからだ。ミリーシャは一旦仕切り直したと思うとミリーシャの右足はメルアシアの腹にめり込んでいた。メリッと言う嫌な音が聞こえてメルアシアから明らかに力が抜ける。ミリーシャは今までのように蹴り飛ばしてはいないが重い一撃だった。


「メルアシアッ!」


「だいじょうぶ・・・」


膝立ちでうつむいているメルアシアは笑う。


「だいじょうぶまだうごけるから!」


「俺をおろせ!俺ならは這いつくばってでも生き延びてやる!だから俺を捨てて逃げろ!」


自分でもわかるどうあってもどちらとも逃げ切れない。でもメルアシアだけは逃げてほしい。体を張ってくれた相手を殺してはいけない!


「私を信じて・・・ね・・・。」


メルアシアは彼女の限界の速さでナイフを繰り出すでもそれは平時の俺でも避けられる鋭さがみじんもない一撃だ。その一撃はミリーシャの裏拳で素っ気なく弾く。ミリーシャはメルアシアを回り込むようにその足で俺を狙う。俺はわざとあたりに行くように芋虫並みの動きでかばう。だがメルアシアは俺をかばう。


「もうやめてくれメルアシア・・・。」


そのまま俺を下敷きに、いや盾になるようにメルアシアは倒れる。


「俺だけを殺してくれ・・・。メルアシアは助けてやってくれ・・・。」


俺は泣いて懇願する。俺だけでいいはずなんだぼろ雑巾のように殺されるのは。なんで俺は一撃も食らってないのにメルアシアは・・・!


「そう。」


ミリーシャは俺の肩を掴んでメルアシアの下から引きずり出す。

そうだそれでいい。俺がいなくなってもクレインは最低限今まで通りの生活に戻れる。トロイメライの計画は・・・。いや元から叶わなかったんだ。悔しい・・・。

握りつぶされそうなほど強く握られた肩胸の先に鈍色に光る槍の穂先。

いや最後までやってやる。


「メルアシア!逃げてくれ!」


ミリーシャが俺の肩を引き寄せると同時に全身に圧政を強いる。胸を貫く俺が体をひねって槍は肋骨を削る。そしてミリーシャの喉に噛みつきに行く。まぐれでもいい!その願いは半端に叶う。ミリーシャの肩に噛みつく。崖はつかんだあとは上手く首元に。


「よだれ垂らすな!」


みぞおちに一撃が撃ち込まれる。蹴りが腹に入った。俺は崩れる。ミリーシャに投げ捨てられ地面に突っ伏す。

突然俺の顔面が削られる。俺は後ろに引きずられる!土の味が味わえないほど顔面の皮膚が削られる。


「まって!5分だけでいいから待ってくれないかな・・・。」


俺を引きずったのはメルアシアだった。メルアシアが俺を抱き寄せて手のひらをミリーシャに向ける。俺が引きずられるのを見逃してくれたワンチャン。


「やだ。」


ミリーシャがやり投げの姿勢を取る。

メルアシアは俺の足を掴む。


「あ“あ”あ“あ”あ“あ”あ“。」


俺の体は遠心力で浮き上がる。何!何が起きてんの!一周固まってから三半規管の崩壊を体感する。メルアシアに俺はジャイアントスイングされていた。


「い“っ”け“―”-“-”!」


そのままミリーシャの方向にぶん投げられた。えっ?まてまてミリーシャが槍を投げる姿勢から迎撃姿勢に移る。ちょ、両断される!

ミリーシャが驚いた顔で俺を見るがその顔面に石が激突した。眼球めがけて飛んできた石をわずかに避けて目とこめかみの間に激突する。俺は人間ミサイルとなってミリーシャの腹に突撃して吹っ飛ばす。


「いまだよ!」


その言葉で俺はミリーシャの喉元に噛みつこうとする。だがミリーシャは簡単に俺をはねのける。それを見たメルアシアはふらふらの足取りで叫びながら突撃する。ミリーシャは跳ね上がろうとするが俺が彼女の腕をつかんで重しとなる。軽い力で跳ね起きようとしていた彼女は体勢を崩す。


「終わりだぁぁぁ!」


メルアシアの槍がミリーシャの脇腹を貫く。ミリーシャはそのまま倒れて動かなくなる。


「メルアシア!ナイフあるか!とどめだ。」


ミリーシャがわき腹を刺されながらぬるりと立ち上がる。刺さった槍を掴んで傷口が広がらないようにしている。理性のかけらも落としていない平然だ。ミリーシャの横顔は降格のあがった口元に歯をのぞかせていた。見えないパンチがメルアシアを襲う。でもメルアシアは槍を離さないうまく距離を取って穂先で切り裂けば勝てる。でも


「槍を離せ!」


首がむち打ちになっても鼻っ柱に拳を食らってメルアシアは槍を離さない。これじゃミリーシャを殺す前に死んじまう!

ミリーシャが貫かれている槍の柄を折る。そしてメルアシアの頭を掴み地面に叩きつけた。


「殺すな!・・・そいつを殺すな・・・。」


ミリーシャが俺を見る。


「なんで?ここまでボロボロだよ。介錯してあげる方がやさしさでしょ?」


「まだ生きてるんだ!まだ生かしてもいいだろ!」


ミリーシャは槍をおろす。


「撤退の狼煙だ。・・・ほっといても死ぬでしょ。」


そんなものは見えない。しかしミリーシャは目の前から消えていた。数分俺たちは地面にへばりついていた。するとメルアシアはふらふらと立ち上がり俺を背に歩き出す。




半日は歩いた。途中から俺をおろして二人で歩いたがもうボロボロだった。ズボンのすそは擦り切れ悪路を踏破した証拠だ。この体でそんなことをすればもう限界を向かって疾走しているようなものだった。


「そろそろ休もう。」


さっきの休みから10分もたっていない。もう村には行けないことは分かっているでも歩き続けなければならない。その一心だけで進んでいる。惰性だ。

俺たちは夜も更けた森の中倒れるように座り込みそして死を安らかなものとするために眠った。



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