第三歩 大散歩
体調不良が治りませんがゆっくり直していきます。
人物紹介も時間がかかるかもしれません。
『報告書 教会に来て数日が経ちました。教会の生活にも慣れてきました。今日はクレインの文化を少し紹介します。トロイメライは古い歴史は[大洪水の]後、多くの記録が失われたため正確な比較ではないと思いますがこちらの人類の歴史で言う中世から近世程度の文明レベルがあるようです。石造りの建物は教会や都市の特徴で都市は石造りに白漆喰のようなものを塗った建物で上等なものだそうです。それ以外は大半は土壁の建物だそうです。窓には上等なところはガラスが張られていますが大体は木の板を張って雨風を凌いでいるそうです。ですがそのせいで採光のために空けていると夏は虫にたかられ冬は凍える風が吹きすさぶようです。食事はパンと野菜と干し肉をいくらかといった感じで調味料も少なく食材数も多くありません。どうやら都市はともかく離れると食文化が発達するほど豊かではないそうです。クレイン全体については以上です。
教会について報告します。教会の朝は早いです。いつも同じ女の子がベルを鳴らして朝を告げるのが日課となっています。エネという女の子です。以前の報告書でフィレリア以外に最初に話した女の子です。みんなより早く午前一時に起きているそうで大変そうです。みんなの起床後はそれぞれ働いているため今後参加できれば詳細について報告します。
最後に・・・さいごに・・・。俺には友達がいません。』
この報告書は俺の帰還後に提出する書類つまり現在進行形のことを書いても意味はない。
でも・・・。でも・・・っ!
俺は俺の成長の研究をしたセンさんとの会話を思い出す。クレインは私たちの世界とは隔絶されている。それはおまえに頼れる人はいない。まず味方を作れ。これは必須事項だ。その意味は分かる。いや分からなくてもセンさんはいいのだろう。俺がそれだけ任務に忠実だと知っていた。
さて、意味の方だが。文明レベルの高い世界から来た人間・・・。場合によっては男性であることもカギになるだろう。それは俺に有利になるばかりじゃない。下手をすれば排除や何らかの取引材料として売られるかもしれない。今までの対応から彼女たちがそうするとは思えないが、フィレリアの狙いとは異なる事態になってしまった以上苦渋の決断として切り捨てられる可能性がある。なら俺の味方を増やすしかない。これは自分一人ではなくトロイメライや世界の命運がかかっている以上教会の人と仲良くならなければならない。
そうおもっていた・・・。でも現実は話しかけてもそそくさと逃げられる。初対面で慕ってくれたエネでさえ脱兎の勢いだ!もう心が折れそうだ誰一人友達ができないとマジで捨てられるかも。任務なんだ失敗したら終わりなんだよぉ!報告書の内容も手切れの駄賃のような最後の世間話だった。
どうする・・・。そうだリリィさんからもらった困ったときにAIがアドバイスをくれるアプリがあったんだ。荷物の中から横に画面のついた単行本サイズの機械を取り出す。画面のキーボードに友達をつくる方法と打ち込む。顔が熱くなる我ながら恥ずかしい質問だ。すぐに検索結果が出てくる。『笑顔で?』それだけかよ!だめだあの人、あってそれほど経っていないが積極的に友達を作るタイプではない。むしろ友達が寄ってくるタイプだ!でも諦めるわけにはいかない友達を作らなければトロイメライの目指す世界改変の阻止は水泡と帰すかもしれないのだ。改変は誰かがしている。クレインに来て思ったこれは人を滅ぼす力がある。クレインでは人口減少の一途だ。それは男がいなくて人口増加できないせいだ。改変した奴の目的がどうであれこんなことをするやつだ。次の改変で人間が滅んでも驚かないだから俺はこの任務を失敗できない。だから俺はペンを置き、扉を抜け今日も友達作りに向かうのだった。
小さいときはどうやって友達作ってたんだっけ。ふと、なぜか悲しくなる。
うんやめよう。友達作りに必要なのは時間。しかしシスターさんたちも忙しいから簡単に取れるもんじゃない。なら狙うべきは朝食だ。俺が部屋の外に出れるタイミングは多くない一部兵士さんの朝食の時間と夕食の時間だ。今は10時過ぎ朝食の時間だ。
まず出会ったのは廊下で見つけたメーフィアだった。
***メーフィアの視点へ移る 食堂付近の廊下***
「めぇふぃぁさーん!」
遠くから聞きなれない声が聞こえて私はそちらをふりむ・・・。ひぃぃぃぃぃ!ケッ!ケイサンンンン!
ケイさんが全力の笑顔で手を振って走ってきますぅぅぅ!
私は走馬灯のように数日前の集会を思い出します。
フィレリアさんは大聖堂の祭壇前で朝の祈り前の朝礼を行っていました。
「ケイさんについてとっても重要なお知らせがあります。聞き逃しただけでは折檻を逃れられないレベルですのでしっかり聞いてくださいね~。」
フィレリアさんは横にニーヴェリアさんを伴って居ました。たぶんニーヴェリアさんが勝手に横にいるんだろうなー。
「これから私が許可を出すまでの間はケイさんとの接触は必要最低限に抑えてください。」
みんな特にざわついたりとかしませんでした。もちろんケイさんに興味があります。そもそも男性だからとか別世界の人だからとかではなく百数十年単位で同じ顔の人しか見てませんから、新しい人に興味がないわけがありません。レインボーのゼリーぐらい興味あります。になればでもそれ以上にこの世界における男性の重要さを知っています。
でもいきなり無視し始めたらケイさんが悲しいですよね。大丈夫でしょうか。
「皆さんもご存じではありますが。聖書において男性という存在は非常に重要な立ち位置にいます。聖書によればケイさんには私たちの現状を変える力を持っているという事です。その力を使う事はクレインの世界常識そのものを破壊する大事件となります。都市が主導権を握ろうと動くこととなるでしょう。ですので、ケイさんの存在を都市に知られてはならないのです。先の襲撃で都市からきた駐在官に見られている可能性がありますが警戒を緩めるわけにはいきません。」
都市の駐在官さんは確かにケイさんに接近しました。私たちはケイさん以外の男性は知りません。聖書で特徴は書かれていますが見られていても確証は得られないでしょう。ならば裏付けを取るはずです。ケイさんの話をこそっと聞きましたが子供を作れる機械?を持っているそうです。子供を成した時、時が進む私たちは不老の牢獄から解放されます。それはいいことだけなのでしょうか。
フィレリアさんはみんなが意味を理解したのを見てから続けます。
「私たちの出身は都市です。そして都市にはあなたたちの家族たるソロルスの方々がいますから手紙を出すこともあるでしょう。都市はケイさんの存在の確証を得るためにその手紙が検閲される可能性が出てきました。ですので、ケイさんの痕跡を私たちから出さないため接触を避けましょうという趣旨のものです。」
ソロルス。私たちは聖書に書かれていた家族というものを疑似的につくっています。みんな助け合って優しいです。教会に参加するときも相談して笑顔で送ってくれました。だからみんな些細なことでも手紙に書くんです。
ニーヴェリアさんが一歩前に出ます。
「例えばケイが紹介した料理を食事の新メニューが出来たと書いただけでも向こうから見れば怪しい。ケイを交えて歓談した日には一人はケイを抜いて名指しでメンバーを紹介してその話をしたと手紙に書いたとしても、同じ話をほかの話がしたときケイを含めて友達とまとめて手紙に書くかもしれない。人数の矛盾から隠し事に気付くかもしれない。さらに言えば普段名前で相手を書く人が友達とひとくくりしたらそれだけで怪しいなど勘ぐられるなどばれるケースは無数にあるため接触を断つべきである。」
それで即男性だとは思わないと思いますよ。ニーヴェリアさん・・・。でも隠し事をしている以上ぼろは出ますし何があるか分かりません。そうしてケイさんとの接触を禁止されました。
「ケイさんには私から伝えますから皆さんは接触を避けてくださいね。冷たいのがなぜなのか聞かれてもはぐらかしてください。デリケートな話ですから立場のある人が話すべきです。」
「メーフィアさん?メーフィア。」
それを思い出していてもケイさんは止まってくれませんでした。
「おはようございます!一緒にご飯を食べませんか?」
爽やかですそれに最初はため口だったのにお話を断り始めてから気安過ぎたと思われたのか敬語に変わってました。
しかしそれどころじゃありません。パニックになった頭をフル回転です。
「えぇ~とですね。えぇ~とぉ。」
目を泳がす。みんなが冷たいせいかケイはやっぱりだめかと、胸に耳を当てれば聞こえてくるんじゃないかと思えるほんのちょっとだけ悲しそうな表情を見せます。
「はっ!実はですね今日は粗食の日といっていつもよりまずっ・・・。控えめな食事が出るんです。お客様であるケイさんにはみんなが食べ終わった後で普通の食事が出るんですよ。なので今日は一緒に食べれません。」
我ながらいい嘘です。いつも皆さんに騙されていますから嘘だってうまくなりますよ!
「あっ大丈夫ですよ。こっちのご飯が合わないかもしれなかったときのためにソースを持ってきてますから。」
満面の笑みでこげ茶色の謎の液体の入った謎素材の容器を見せてきます。
ああっ!それじゃ粗食の日の趣旨が伝わってませんんんん!嘘ですけれどぉ!
「あのですね!粗食の日は自らの欲望を戒めて節制することで形式的にでも罪を克服するためにあるんですっ!ですからっ。」
ケイさんはそうなんですかと笑います。得心を絵に描いたように晴れやかな顔ですよかった。
「じゃあ、俺もそっちを食べますよ。」
そんな気はしてましたがぁぁ。まずいですウソがばれる上にフィレリアさんの命令を守れません。私が嘘ついてること見透かしてないですよね!?
「あの本当においしくないですからやめておいた方がいいですよ!吐いちゃったらお仕置きですよ!一週間以上味覚がおかしくなる薬草をねじ込まれますよ!」
あっ!さすがにウソがばれっ!
「いいですね食べましょう。」
それでも引きません目が血走ってます。脅迫でもされているんですか。
「そっそうだ私はほかの子を待っていてすぐにご飯食べないんですよ!色々疲れたみたいでまだ水浴びしてるんですその子を待たないとケイさんは外に出れる時間も限られていますしゆっくりご飯を食べては?。」
露骨に早口なってます私。氷も上を摺りきった靴で滑るくらいなめらかです。
「それは良かったいろんな人と友達になりたかったんだ。三人で一緒に食べよう。」
あぁ~もう逃げ場がない~。どうすれば。再び天啓がひらめく。
「あっ忘れていました!今日は薪割の日だったんですよ!ごめんなさい。ご飯前に薪割しないといけなかったので失礼します。」
ばッっと振り返りダッシュで逃げます。私だって兵士の端くれです逃げ切って見せます!
「いえいえお付き合いしますよ。」
なんですか!なんなんですか!私とご飯食べないと死ぬ病気にでもかかってるんですか!それとも、関わっちゃいけない危ない人なんですか!私が走り出したらノータイムで反応して追走し始めましたよ!私が鳩さんみたいにシャカシャカ走りしてるのに熊さんくらいゆったりなストライドで追走してきます。
「一緒にやればすぐ終わりますから手伝いますよ。」
あぁ~誰か助けてくださーい。
そんなこんなで薪割の作業場の入口に来ちゃいました。どうしてこんなことに!
ちらりと横を見ますが。
「おなかぺこぺこですよ。早く終わらせちゃいましょう。」
ケイさんはノリノリです。はぁもうなるようになれ!
私は作業場へ乗り込み!
「ふぅあああぁぁ!」
誰か!誰かが!背後からおっぱいを揉まれていますぅっ!しかもふりむけないように頭を肩と顎で両サイドからホールドしてきました!
「けいさっ!!」
叫ぼう都市と瞬間背中に当たる柔らかさが別人だと知れらせてくれます。
音もなくいきなり揉んでくるやり方!この揉み方!記憶がフラッシュバックします。
「レイナさぁぁぁん!」
確信をもって拘束を強く振り払います。
「せいかい~。」
気の抜けた声が背後から聞こえてきます。拘束が解けて私は振りほどいた勢いのままに振り返ります。その先にはわたしよりちょっとだけ背の高いオレンジ髪の女の子が立っていました。
にへらっとレイナさんは笑っています。
「よくわかったね。えらいえらい。」
「いや分かりますよ!いっつもやってくるじゃないですか!」
「いやでもあの人もやってくるかもよ?」
レイナさんはケイさんを指さしています。ケイさんフリーズしてるじゃないですか!
「背中に胸が当たってますから!ケイさんはそんなことないです。カッチカチの体でしたよ!」
「はっ!」
「ねぇ。今の聞いた~?フィレリアさんからお知らせがあって知ってるよ~。あなた様は一人の時間帯を作ってもらって水浴びしてるんだよね。なのに~メーフィアはそれを見てるって。いやらしいねー。」
「えっ嘘!」
ケイさんが赤い顔でこっちを見てます。そりゃそんな顔ですよ塩対応な人がのぞき見って。
でも誤解です。塩対応の方が!でも話せません!
「警備を頼まれてたんです!それに気になるのは仕方ないじゃないですか。だって聖書のイメージで書かれてた絵と全然顔の作りが違うじゃないですか!じゃあ体の方は時になっただけなんですよ!」
わたしが開き直って食いつくとレイナさんは手を前に出して制します。
「ごめんごめん。」
「私は怒ってるんですよ。というか何でここにいるんですか!軍の再編成の打ち合わせがあったんじゃないですか。油を売ってる暇なんてないですよね。」
この人一応軍の重要人物なのでこの前に被害の立て直しをしなければならないのです。なのにこの人は・・・。猫みたいにふらふらいてます。
「それメーフィアがいう?朝番終わったら休むのがメーフィアの仕事だよ?」
うっ・・・。私もここにいるのおかしいですよね。はっ!そうだ何時もやられてますから嘘ついちゃいましょう!
「私は目的があってここに来たんです。ここの木の粉を取りに来たんです。」
「薪割に来たんじゃ・・・。」
「ブナの木の粉を吸うと傷が治るんです。」
「肺炎になるよ。」
直ぐ見抜かれました。どうして私の嘘はすぐにわかるんですか!ちょっと不快なので言い返します。
「レイナさんはなんでここにいるんですか。」
「またたびの木から粉を作ろうと思ってね。町の猫ちゃんも怖い思いしただろうからお見舞いにね。」
「えっ!またたびの木がここにあるんですか!」
忙しい合間を抜けて猫にも合わないとですね!
「嘘だけど。」
むきー!どうしてそんなしらふで嘘つけるんですか!
「私がここに来た本当の理由はずばり事件のにおいがしたからだよ!」
レイナさんがどや顔でびしっと指をさしてきます。何様でしょうか。
「何があったんですか?」
尋ねるケイさん。
レイナさんは得意そうに作業場を歩き出します。そんなに広くないからぐるぐる回るだけですよ。
「それはだねー。教会の備品は元の場所に戻さないといけないルールがあるんだよ。けれどこの作業場には誰もいなかったにもかかわらずここにあった斧が一本足りないの。」
レイナさんが斧をしまっている木箱を開けるとそこには一本だけ斧が入ってました。筆箱に筆記具以外の文房具がないみたいなすかすか感に寂しさがありますね。
「こんなルールがあるから斧が必要な場所には備えられてる。この前の襲撃で斧が消失する被害が出たところは使用禁止。つまりわざわざ持ち出したってことは何らかの事件を起こそうとしている犯人がいるってことだよ!あなた様!」
びしっとケイさんのこと指さします。あなた様ってケイさんのことですか?
「だから犯人は現場に戻るという格言を信じてここで待ったんだよ。来なかったけど。」
ケイさんはすこし腑に落ちないという感じでレイナさんを見ます。私も正直事件だなんて考えられません。
「そもそも今の教会に部外者は入れないんだろ。入っても証拠の残ることをするとは思えないし今は復興の必要もあるし教会の人がよそに貸す機会があってもおかしくはない。」
確かに考えれば当然の質問ですね。頭の片隅にメモするだけならまだしも積極的に疑うには弱すぎます。
「それなら教会の幹部の印の押した張り紙を置いてあるはず。それに予備のある倉庫からとるのが通例だよ」
レイナさんはこんなんですが規則に詳しいんですよね。忘れてることも多いですが。なんか矛盾してること言ってますがこんな印象ですね。つまり多くの人の仕事のスタンスかもしれないまじめな面倒くさがりです。
「じゃあ正規の手続きを踏まなかった人がいるのか。」
ケイさんは少しだけ緊張感を持った声で尋ねます。背景を語られてレイナさんのことを少し信じたみたいです。私も同じですね。でも本当にそう思うならフィレリアさんに報告すべきですね・・・。たぶん本気の事件とは思ってないかもしれません。レイナさんは遊び半分な気配というかサボタージュのための口実なのでしょう。だからあくまで少し信じただけです。
かつっ・・・かつっ・・・。と廊下から足音が響きます。それだけじゃなくて何か重いものをひきずる音が聞こえます。
「隠れて。」
レイナさんの声でみんな隠れます。響く音は少しずつこちらに近づいてきます。この近くにいくつか部屋はありますが明らかにここです。レイナさんは私たちに動かないようにジェスチャーしてドアの近くに伏せます。からんと重いものを壁にもたれかからせてがちゃりとドアが開きます。誰でしょう。レイナさんの犯人は現場に戻るという言葉が脳裏によぎります。
「かっくほ~!」
レイナさんが叫ぶとそのままの勢いで謎のシスターにとびかかります。軽くジャンプしただけで人の丈を超えたジャンプを披露してますね。高いところのものを取るのに逆に不便なくらいです。
「きゃぁぁぁぁ!」
悲鳴が作業場に響きますこれじゃレイナさんが悪役ですね。
レイナさんは冷静に持っていた斧を押さえて投げ捨てます。そのまま地面にねじ伏せるようにシスターを拘束します。
「レイナさん何をするんですか!?」
拘束されたシスターの顔を見てみるとアンリさんでした。というか背後から拘束されたのによくレイナさんって分かりましたね。声でしょうか。
アンリさんはじたばたしながら恐怖で涙目になって抗議します。レイナさんの動きのキレで取り押さえられたら恐怖でしかないですよね。教会一の槍使いですし。でもアンリさんですか。レイナさんの疑いもあながち嘘でもないのかもしれません。
「それはこっちの言葉だよーアンリー?何してるのかな~?斧なんて持ち出しちゃって?持ち出し禁止なのは分かってたことだよねー?」
レイナさんは笑みを浮かべていますが口元が笑っていません。レイナさんの口調はかなりアンリさんを攻めています。その気持ちは分かります。だってアンリさんは・・・。
「知ってますよ!だから返しに来たんじゃないですかぁ!」
「何に使ってからかな~?」
ぎりぎりと腕を締め上げるアンリさんは苦悶の汗を流しますがレイナさんはやめません。
「ちょ、ちょっと待って!やり過ぎだ!ただ相手を追い詰めるだけの捜査なんて意味ないだろ!しかも本当に事件かわからないことで怪しいだけで暴力をふるって!」
ケイさんはアンリさんを拘束しているレイナさんの腕を引きはがそうとします。私たちはおかしかった彼の険しい表情をみてハッとします。
レイナさんは少し自分に驚いたように険しい表情を緩め拘束を解きます。
「あぁ。うん。ごめんごめん!」
レイナさんはばつが悪そうに謝罪します。私と二人で目をそらします。レイナさんは過剰に責めていたから。私はそれを当たり前だとおもっていたから。
「アンリもごめん。最初は悪ふざけみたいな雰囲気で始めた捜査だけど相手見て本気になるなんてちょっとおかしかったかも。」
拘束が解かれたアンリさんはうつぶせで地面にへたり込みます。
ケイさんは立てますか?と訪ねるとアンリさんは仰向けになって大丈夫です。というとケイさんはアンリさんの上半身を起こして手を引いて立ち上がらせます。
「ケイさんありがとうございます。」
ケイさんに感謝の笑顔を向けつつも何してるんですか?メーフィアとレイナさんもと言いたげな表情で少し見てきます。そりゃそうです。本来ケイさんには接触禁止令が出てます。
そしてレイナさんに向かい合います。少しレイナさんは気まずそうです。
「私を疑う理由も分かりますから。気にしすぎないでください。」
「やさしい・・・。」
ケイさんがボソッと呟きます。その通りですね・・・。
「しかし、斧がなかった件の犯人を探していたんですか?」
アンリさんはほこりを払いながら私たちに聞きます。
「・・・うん。何か悪いことに使われたら困るから犯人を捜してたんだ。」
レイナさんが応えます。戻ってきましたしもう大事には至らなそうですけど。どうするのでしょうか。あっ確認したいことを思いつきました。
「そもそも確認してませんでしたがあれ持ち出された斧ですよね?なくなってたから補充したものじゃなくて。」
私はふと思った疑問を口にします。みんなでちらりと倒れている斧を一瞥します。
「はい。私が確認したところ斧に刻まれた文字からこの部屋のものであることは確定です。」
「文字で・・・ですか?」
ケイさんは聞き返します。アンリさんが持ち出したなら文字なんて見なくともわかります。
「それはつまり持ち出した人ではない?」
アンリさんははいと柔和な声でケイさんに返します。
「実はですね。廊下を歩いている時に曲がり角からごとりという音が聞こえまして。そっちに寄ったら斧が落ちていたんですよ。」
「廊下に落ちていたの?どこの廊下で?」
レイナさんは興味津々に聞きます。興味津々といった感じで露骨にアンリさんを疑うわけではなさそうです。
「シィクロウィーンの被害状況の確認をしてまして。被害の大きかった場所、今回は普段使わない予備の庭のあたりです。」
あー、あのあたりですねー。
「予備の庭ですか?」
ケイさんが尋ねます。この申し訳なさそうな感じは友達同士の話題に自分だけついていけなさそうな感じと同じですね。
「教会ではですね別作業をしようとして渋滞が起きないよう柵で囲った作業場をいくつも用意して使用目的ごとに割り振っているんです。ここで言う庭は作業場の事ですね。」
ここ?とケイさんは足元を指します。アンリさんはここと返します。何してるんですか。
ちなみに予備の庭はここから東に三つほどありますね。
その後詳しく聞きましたら少なくとも出まかせを言っているようではないです。
「斧を見た時人影はなかったの?」
レイナさんが顎に手をあてて聞きます。
「はい。ですが、音が聞こえた時も曲がり角からそれなりに遠かったですし、急いで向かったわけでもないので逃げる時間はあったと思います。」
「ふむふむ。一つ質問いーい?どうして相手はそんなに遠くからアンリのこと分かったの?」
レイナさんが小首をかしげます。巨人でもないのにどうして聞こえていたのでしょう。
「多分この靴の音です。瓦礫が落ちている可能性を考慮していつもと違う靴を使ってまして。多分その音が聞こえたのだと思います。」
アンリさんが左足をポンポンと上げ下げします。するとこつんこつんとうるさい音が響きます。そうでした、入ってきたときも聞こえてましたね。
「なるほどね。」
レイナさんは地面に放置されている斧を拾い上げて箱に戻そうとします。
「あのフィレリアさんに報告して採決を任せませんか?」
アンリさんはそういいます。
「およっ!?」
びっくりした!レイナさんが素っ頓狂な声を上げます。アンリさんはまっとうなこと言ったと思いますが・・・。
「何かあったのか?」
ケイさんが恐る恐る尋ねるとレイナさんは斧の腹部分をケイさんに見せます。
「斧の腹の部分に何か焦げた跡がついてるんだよ。裏には焼けた跡があるし。」
「フライパンみたいですね。」
私は見たまんまの感想を言います。でもなんで?
「上にものを置いて焼いたのでしょうか。」
焼けた跡は直火を当てた跡。焦げた跡は置いたものが焦げた結果。当然の帰結として私は呟きます。
「何かやましいことが無ければこんなものを使わないですよね。」
ケイさんが応えます。もの焼くならフライパン借りればいいですからね。料理長に言えないことをやってますね。
アンリさんは何か思い当たったように少し表情をこわばらせます。
「毒の可能性はないですか?」
アンリさんが呟くとみんなそちらを見ます。その一言でみんなの中でうっすらとした事件性が一気に形になりました。
「毒の製造に加熱の工程を行ったり、耐熱性のある毒は火にかけることで濃縮できると思います。何かに混ぜるのであれば・・・。」
「毒殺は犯行によく使われるのですか。」
ケイさんが尋ねます。異世界から来たならこの世界の世情は分かりませんよね。
「いえ、そもそも殺人自体稀ですし。毒殺はその中でも稀な手段だと思います。」
私に理由は分かりませんがアンリさんにはしっかりした理論武装があるのでしょう。私も毒殺は聞いたことないです。
「なのに毒の可能性はあると。」
とレイナさん。犯人はそれだけ殺意があるとみているのでしょうか。
「仮にこの斧が犯罪に使われていたと仮定した場合。斧の焼けた跡を見るとほんの小さな円形の後なんです。ここから凶器を連想すると毒しかないです。本当に毒であれば恐ろしいものです。揮発性で空気中に散布して就寝中を狙うアルケム系や水溶性でおしぼりなどに仕込めるテキシ系などいろいろ種類があります。前者は大麦の粉が黒ずめば検出でき、後者は銀で判別できたはずですが要人に絞っても今その対処するのは難しいです。」
アンリさんが言います。
教会では平時から要人には毒を検出する対策がいくつも取られていますが今そんな余裕はありません。銀食器はできますがそれ以外となると何らかの抜けができるはずです。
「・・・少し話がずれるが一つ。主要な毒は学んできたつもりだけどアンリの言う毒は聞いたことがない。しかし、侮っているわけじゃないがこの時代に応用性のある毒があったのか。」
「名前が違うだけじゃないですか。違う世界同士で名前が一緒な方が変です。」
私がケイさんの疑問に答えますがケイさんの顔は晴れません。
「だとしたら言葉が通じるのが変だ。世界が違うからあるものも違うと考えるべきか。」
いまはどうでもいいことだけどなとケイさんがその話題を終わらせます。
「毒だとしたらやばそうだね。」
レイナさんの声が固いです。
「もうここにいてもどうしようもないし情報収集に出たほうがよくない?」
レイナさんが提案します。
「えっフィレリアさんに報告しましょうよ。」
アンリさんがレイナさんに言いますが聞く耳待たずで出口に向かいます。いいんでしょうか・・・。
「どこに行くんですか?アンリさんが斧を拾った廊下は人がほとんど通りませんよ?」
「じゃあ人が通るところで調査すればいいんだよ。廊下は縦長の碁盤の目の形になってるから人通りの少ないところも斧を持っている人は目立つし誰か見てるかも。」
なるほど。レイナさんが私の疑問に答えます。レイナさんはそのまま持っていた斧を箱の中のもう一つの斧と束ねて刃に近い柄の部分をロープで縛った。木箱にしまってからレイナさんがみんなの方に向き直ります。
「重要参考人として来てもらっていい?」
私とケイさんは来ることが確定しているみたいでアンリさんにレイナさんは尋ねます。
「・・・わかってますよ。逃げたりなんてしません。」
アンリさんはあきらめたように柔和に答えます。いい人ですね・・・。少なくとも表は。
「さぁ今から探偵の旅に出発だー。ちょっとだけ真面目にいこ~。」
私とアンリさんの手を取ってレイナは作業場を飛び出します。ケイさんが待ってくださいと遅れて走ってきます。
レイナさんの横顔は少し物思いにふけって何か考えているようでした。最初は誰かが横着したのだと私は思っていましたがそうではなさそうです。
毒殺の可能性がある初めは本の未返却位の気持ちでしたがやばい事件の可能性が浮上すると少し緊張します。これからどうなるのでしょうか。