一歩目 泥沼に沈む
ようやく一話目の完成です。
人物紹介とかも用意した方がいいだろうか。
シィクロウィーンとの戦闘は激しいものになる。正面から殴り合えば誰にでも目につく。だからこそフィレリアさんは俺を戦闘に参加させなかったのだろう。
教会のあらゆる場所から破裂音が鳴り響く。悲鳴が木霊する。建物が揺れ瓦礫が崩落するような爆音が響く。俺は外の様子を見ようとこっそりとカーテンに遮られていた窓を覗く。見たくない景色が広がっている。力の差におびえたシスターがシィクロウィーンの腕に胴体を貫かれ無造作に投げ捨てられているのが見える。俺の右手に力が入る。俺の右手には武器が握られているこれを使えば・・・!
(『私たちは誰にも勝てないほど弱いのです。』)
(異世界への干渉は最小限にな、相手の世界を搔き乱すの本意ではない)
「っ!」
フィレリアさんとセンさんの言葉が頭によぎる。今の俺にできることは何もない。俺は椅子に座りこみ悲鳴が響くところで耐えられず耳を塞ぎ頭を抱える。武器がシィクロウィーンの接近を感知する。飛行音が聞こえる恐らく灰色の化け物が廊下の通路に沿って中庭を飛んでいる。
(人を探してる?)
締め切られた扉の先シィクロウィーンの叫びが聞こえその瞬間、扉がこじ開けられる。シィクロウィーンは廊下の窓の外に聳えていた。奴は何かを投げつけて扉を開けたはず・・・見なければよかった。扉には血痕がついている。その脇にあるもの激しく損傷した人間の生首だ。そこから飛び出した目玉がこちらを見つめる。俺は椅子から立ち上がる。廊下にいた二人の護衛が引き出しに偽装した箱の中から飛び出す。シィクロウィーンは人を見てここに来たわけじゃない奴らの本能で来た。俺は武器を構える。だがシィクロウィーンが狙ったのは二人の護衛の兵士だった。紫髪の子が大きな盾を構えて衝撃に備える姿勢でシィクロウィーンの突撃を受け止める。足元にスパイクがついていたりと対シィクロウィーン用の装備をしてもなお崩れかけている。もう一人の子が剣を抜き突き刺しにかかる。シィクロウィーンは受け止めた紫髪のシスターを押し切るのを諦め窓際まで後退して突きを躱す。少しのにらみ合いが続く。動いたのはシィクロウィーンが先だった。いったん廊下の外に飛び出した怪物が残った窓ガラスを尻尾で叩き。護衛たちにガラスの破片を浴びさせる。シスターたちはとっさに目を守るためにそれぞれ防御する。
「駄目だ!奴を見ろ!」
隙だらけになった紫髪のシスターに狙いを定めて抜き手でがら空きの腹部を貫く。ゆっくりと崩れるシスターから腕が抜けるのを重力に任せてシィクロウィーンはもう一人のシスターを見る。その子は俺を守るように扉の前に立ちぎゅっと剣を強く握る。
「逃げろ!」
俺の叫びも虚しくシィクロウィーンはシスターに襲い掛かる。
扉の周りの壁を突き破りその子を組み敷いた。その子は盾で爪を防ぐすぐに押し切られるのは明白だった。地面がミシミシと音を立てる。両肘が床につき後は腕が折れるのを待つだけだ。呆然としている俺にその子は視線を向ける。諦めたように笑うその子は小さく口を開く。
「にげて・・・。」
シィクロウィーンは片手で盾を押さえつけもう片手を振り上げる。遊んでいる。嗜虐的に振り上げた腕を振り下ろす。
「っ!」
シィクロウィーンの腕が切り落とされる。もがいたシィクロウィーンが睨んだのは俺だった。
「ケイ・・・さん・・・?」
俺は剣を握り地面に伏しているシィクロウィーンを見る。シィクロウィーンは斬り落とされた腕をかばいながら俺に向かって咆哮する。そのまま突進してくるシィクロウィーンに横一閃で切り抜ける。目をつぶっていたシスターは回転して落ちてくるシィクロウィーンの上半身にうぴゃあ!と悲鳴を上げて驚く。俺はシィクロウィーンが絶命しチリと消えたのを確認するとシスターに向かって跪いく。
「ごめんなさい。俺の覚悟が遅くてもう一人の子を助けられなかった。」
俺はその子に頭を下げる。どうして俺はもっと早く動けなかった。
「いえ・・・。助けてくれてありがとうございます・・・。」
シスターは呆然として俺の懺悔にこたえられる余裕はなかった。
「そっ!そうです!どうして逃げなかったんですか!相手は化け物なんですよ!」
そんなこと言ってくるがシスターは目元に涙をため恐怖を押し殺していたようだった。怖かっただろうに・・・。
しかし、どうしよう。戦うのはだめだったんだが・・・。
「ケイは逃げてといわれても俺はここの事をよく知らないんだ。」
我ながら苦しいだけど後悔するよりだいぶましだ。
俺は彼女に手を伸ばす。
「名前は?」
「メーフィアです!」
メーフィアを引き起こす。
「案内をしてくれないか?メーフィア。」
***部屋から廊下へ***
「ええと。ケイさんその不思議な武器はなんですか?」
メーフィアが指さしたのは俺の左手の武器のことだった。右手に握る剣ではなく左半身を覆い隠すように包む鉄塊だった。縦に長い楕円形の袋ような形状のそれをメーフィアが不思議そうに見る。
「俺たちの世界のシィクロウィーン用の武器だよ。剣と合わせて紗陽、斜陽刀と斜陽房。」
「そうなんですか・・・。」
メーフィアがじろじろと見ている隙に俺が先頭に立つ。
「俺が先頭に立って警戒するから安全を確保できるルートをお願いできるか。」
「私が前に立ちますから!」
護衛という立場を思い出してメーフィアはパタパタと前に出ようとするが静止する。
「この武器がある限り俺が前の方が安全だ。どっちが死んでも困るんだからこれで行こう。」
メーフィアは逡巡する。元々まじめな子なのだろう。
「わかりました。後ろは任せてください。」
「よろしく。」
「ぷぎぃ!」
メーフィアが俺の後ろに回り込んだ瞬間左手の鉄塊が邪魔にならないように背中に回る。ほぼ同時でシステムも空気を読めなかったみたいだ。
メーフィアは鼻を押さえてうずくまる。不謹慎だが構いたくなる愛らしさがある子だ。
「大丈夫?」
「へ、へーきです。ピース。」
プルプルしてるけどあまり時間もない。行こうというとメーフィアが案内をはじめ、俺たちは走り出す。
(そういえば荷物は応接室に置いててよかったのかな?)
少し思考が逃避した後、今後について思惟をめぐらす。フィレリアさんは俺の存在がこの世界に露見することを恐れていた。部屋を出て走り回っているうえ戦闘も起きるかもしれない状況だ、俺の存在が露見してほしくない人に出会ってしまう可能性がある。俺自身は隠れる方がいいと思う。でも今の状況は教会の内部にまでシィクロウィーンが入り込んでいる。今も悲鳴や破壊音が聞こえる。教会にどれだけの被害が出るかわからない。教会がトロイメライの要求を他団体に対して交渉出来る力を失ってしまうかもしれない。フィレリアさんは味方してくれるかもしれないのに・・・。最悪の事態がよぎるが今は考えても仕方ないと振り切る。今は教会を信じるしかない。
世界改変は男性を消した言わば半数の人を消滅させたかもしれない改変の次の段階は滅亡かも。何としてのこの任務を成功させなければ。
「避難先の屋上にでます。防衛地点とは離れますからケイさんは隠れてください私はケイさんが無事であることをフィレリアさんに伝えます。」
リスキーだと思いながら階段を上り屋上へ向かう。だが俺の行方不明が一番教会にとってまずいのだろう。
俺は屋上への扉を開く目に飛び込んだのはフィレリアさんが大軍を率いて非戦闘員を守りながら戦っていた姿だった。
空を見上げる。一面の灰色、曇天ではない。シィクロウィーンの大群が大空を覆いつくしていた。
「どうして・・・。」
メーフィアは明らかに動揺したような震えた声を出す。シィクロウィーンが教会を圧倒している。シィクロウィーンが笑いながら一人また一人上空に人間を連れ去り遅れて血の雨をお返ししてくる。怯えて陣形から逃げ出す戦闘員非戦闘員問わず煽るように追い回しそして連れ去ってフィレリアたちに見せつけてから上空へ連れ去る。
「このままじゃ・・・。みんな助けられない!死んじゃう!」
メーフィアの絶望した声に俺は紗陽剣を強く握る。
戦場を見る。あそこには多分避難してきている人がいっぱいいる。俺を見られたくない人もあそこにいるのだろう。
でも!
「ごめん。メーフィア。」
「ケイさん・・・?」
俺はメーフィアの一歩前に出る。
「見るからに怪しい俺の話を聞いて考えたうえで信じてくれてフィレリアさんには感謝してる。あそこで戦ってるみんなは怖いのに人を守るために決死の覚悟を決めているのに尊敬の念を覚える。俺はみんなを助けたい。君は止めたそういうことにしておいてくれ。」
「待ってください!ケイさん!」
その声にはいろんな感情がこもっていた。期待不安。期待は単純だが不安は幾重にも折り重なって紐解けない縦糸と横糸の様々な視点の入った震えた声だ。
「エンゲージ!」
俺は走り出すと同時に斜陽房を展開する。縦長の袋のような鉄塊は中央から縦に裂け細い光線を十数発斉射する。何体かのシィクロウィーンがこちらを見る。フィレリアさんたちの集団の一部も見てくる。
「何とか耐えてくれ!」
届いているかわからない声を叫ぶ。その声が呼び水となってシィクロウィーンが数体俺に突っ込んでくる。
「本当は十人以上でやるが・・・理論上はこの出力は出せるはずだ。」
汗が俺の頬を伝う。死ぬかもしれない俺にはまだ覚悟なんてできない。主人公なんてがらじゃない。でもやるしかない!
シィクロウィーンが一気に突撃してくる。俺は紗陽に導かれるままにシィクロウィーンを切り伏せ続ける。
「すごい・・・。きれい・・・。」
メーフィアが呟いた俺は一体また一体と怪物の攻撃をひらりとかわし返す刀で両断していく。だが数体だから何とかなっている。それは明らかだった。そして最後の一体になる。
シィクロウィーンは仲間を呼ぶことなく突撃してくる。地面が轟音を挙げながら削り取られていく。猛獣のように猛るシィクロウィーンは重戦車が突っ込んでいるのと変わらない。
「ケイさん!」
俺は奴の全身全霊の衝撃を受け止める。全身の骨が砕けたかと思うような電気信号が俺の全身を駆け巡る。だが俺は崩れることなく受け止める。シィクロウィーンは組み付いたまま腕を振りかぶる。
「ケイさん!」
「紗陽房。制限解除。」
開いていた紗陽房の裂け目に光が集まる。シィクロウィーンから発生した粒子が紗陽房へ吸い込まれていく。やがてシィクロウィーン本体が吸い込まれていく剛力を誇るシィクロウィーンが暴れながらも吸い込まれていく。俺を潰そうとした腕が空を切って紗陽房の中にシィクロウィーンが完全に取り込まれていった。紗陽房の内部からシィクロウィーンが暴れだすが俺は弛緩した体に鞭を打って押さえつける。しばらく暴れた後一瞬大人しくなる。だがエネルギーが紗陽房の内部から暴れだす。俺の体にさらなる負荷がかかる。肌が裂け血が体中からあふれ出す。精神力が外に抜け出すように体が重くなっていく。モーターが暴れるようなバイブレーションが地響きすら起こす。俺は暴力的な熱にさらされるが怯むことなく紗陽房の窪みに紗陽刀の柄頭を差し込む。俺の体中から血飛沫が飛び散る。頭がくらくらする。紗陽が一体となり房から刀に光と熱が流れ込んでいく。刀の周りに光の二重螺旋が現れ切っ先まで伸びてエネルギーが循環していく。螺旋は太くなりそれから淡い粒子が舞い散るようになる。
「!」
イレギュラーが発生した。熱により斜陽が溶解して融合しかけていた房と刀を無理やり引きちぎる。本来十分な人数がいればシィクロウィーンを取り込むのではなく相対してエネルギーを集めればこれはできる。だが一人しかいない故イレギュラーが起きる。
房が俺の左腕と融合するように接合する。接合した場所から青白いラインが全身を走り右手に持つ刀に収束する。俺はさらに力が吸い取られる感覚を覚える。だが止まれない光が大きく溜まったところで俺は両ひざをついて胸の前で剣を両手で握りしめる。
「まるで祈ってるみたい…。」
メーフィアは見とれて息を吐く。
祈っているような姿から俺は立ち上がり刀の切っ先を奉納するよう空高くに掲げる。刀の先から空に向かって光の川が流れていきフィレリアたちのいる屋上の上空に光の雲ができる。シィクロウィーンたちはと戻ったように空を見上げる。大きくなっていくことで何やら不穏な空気を感じ取ったようで仲間に逃げるように言っているのだろうか、群れの一体がけたたましく叫ぶ。シィクロウィーンたちは蜘蛛の子を散らす様に逃げ出すが巨大になった光の雲から現れた光の矢はシィクロウィーン一体一体に狙いを定め回避することを許さず貫いていく。シィクロウィーンは跡形もなく光となって消滅した。
「神様の奇跡はこんな感じなのかな。」
メーフィアは雲、矢そして光の粒子となって消滅する敵。そのすべてが美しくメーフィアは戦場にもかかわらず感動の念を抱いてしまった。
そこで俺の意識が途切れる
***メーフィアの視点へ
ドサッという音に気が付いてそちらを向くとケイさんが倒れていました。
「大丈夫ですか!」
一瞬空を見ます。私が見とれているうちに光の雲が消えシィクロウィーンは全滅していました。
一体のシィクロウィーンもいないことを確認して私はケイさんに駆け寄ります。
ケイさんの上半身を抱き上げますがケイさんは気絶していました。
「あんな無茶したんですから。もう心配させないでください。」
「今から向かいますケイを守ってあげてください!」
フィレリアさんが遠くから走ってきています。
私はフィレリアさんがケイさんに向けた忠告を思い出します。
漠然とした不安が胸を締め付けます。その不安の映し出す心象風景は目の前で消えていった化け物ではなく懐かしい故郷。私の後ろはるか遠くに聳えたつ城砦に囲まれた都市があがかれていました。
「これからどうなるの?」
遠くの都市にも近くの誰かにすら届かない声が空に消えた。