第28話:いざ行かん!
洋介の部屋は全体的に青い家具で揃えられ、爽やかな雰囲気を醸し出している。
そこそこ片付けられているから(少し意外だ)、魔方陣を書くには申し分ない程のスペースが確保出来るだろう。
「ここに書くで御座る。拙者が魔方陣を書いている間、レシル殿が翔殿を殺そうとした時の話をお聞かせ願いたい」
ケンジョードはベットの脇の少し広いスペースにしゃがみ込み、俺にキラリと目を向けた。恐らく、好きな人絡みの話だから聞きたいのだろう。
「オーケー。何から聞きたい?」
俺はケンジョードに全てを話すつもりはなかった。事故とは言え、口が触れ合った(敢えてキがつくものとは言わない)事をケンジョードが知ろうものなら何をしでかすか分からない。
というより、俺が喋りたくない。あの時レシルに激しくショックを受けられて傷ついた時の記憶は一生封印しておきたいからな…
ケンジョードは魔方陣を書く為、手を動かしながら唸る。
「そうで御座るな…、レシル殿を操っていた敵の素性は少しでも分かったで御座るか?」
「素性…か…」
今度は俺が唸る番だった。あいつ、何か自分の情報を漏らしていたっけ。科学者とは言っていたが、それが何になる?
「生粋の科学者とは言っていたけどな。あと、動きが鈍い。それに男だ。」
俺は腕を組んだ。ケンジョードは書きかけの魔方陣に間違いがないか慎重に確かめている。
「謎の教団は科学者などを雇って何を研究していたので御座ろうか。」
そこで不審そうに目を上げ、こちらを見るケンジョード。
「まさか、人を操って教団が依頼された人物を殺す為、というだけではあるまい」
それだけならば科学者ではなくて魔術師の方が向いているで御座る、と眉を顰める。
「ま、確かにな。それよりも早く終わらしちまおうぜ。雪ちゃん達が待ってる」
教団の目的はよく分からない。しかし、今は考えるより科学者の居場所を突き止めて捕まえる事が先決のように思えた。
数分後。カツッ、カツッというチョークの音を合図に魔方陣は完成した。
ケンジョードは小さく何かを呟くと、杖先を円の中心に押し当てる。
それに額をつけ、目を瞑った。何かに集中しているようだ。
静寂が続く。
程無くして、ケンジョードは杖から額を離し、俺に顔を向けた。酷く疲れたような顔だ。
「分かったで御座る。場所はロッキング街の11番地――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺とケンジョードは俺の部屋に戻って来ていた。
リビングに入ると、そこにはレシルとダンのオッサン、そして少し落ち込んだ様子の洋介が。
「やっと帰って来たあ~」
「お疲れ洋介……あれ?」
俺は辺りを見回す。
「雪ちゃんは?」
「雪さんは結奈ちゃんに呼ばれてどっか行っちゃったよ」
「そっか…」
結奈に…か。よかった、すれ違いで。
俺が安心していると、強烈な視線を感じた。
「なんだ?レシル」
「あんた達がキャットフード買いに行ったなんて嘘よ」
ギラギラした目。完璧に機嫌が悪いようだ。っつかキレてる?
そもそも、洋介。俺とケンジョードはキャットフードを買いに行った事になってたのか。
「…や、嘘じゃねーって」
「嘘つき。
あんた達科学者の男に会いに行くつもりね」
だからどうした。俺はよっぽど言ってやりたい気がしたが、心の奥に押さえ込む。
「だとしたら?お前は協力的だと思ってたんだけど…邪魔するのか?」
「邪魔?……ふざけないで」
レシルは目の奥に怒りの炎をたぎらせ、すっくと立ち上がった。
「あたしを抜いてそういう話を進めないで。あたしも行くわ」
「お、落ち着こうぜレシル」
俺はレシルの肩に手を置こうと手を伸ばすが、ヒラリと躱されてしまう。
グサリ。俺の心にまたもや刺が。
「これはあんたの問題でもあるけどあたしの問題でもあるの。あたしが行くのは当然よね」
「……うーん」
まあ、確かに。
実際そうなのだが、行かせたくない。何でかって言うと多分――
「……あたしが女だから!?」
唐突に、レシルが苛立たしげに怒鳴った。
「そ…そんなことは…」
実は図星だ。
「女を馬鹿にしないでよ。あたしだって自分の身ぐらいは自分で守れるわ」
「でも女の子には危ないしー…」
その言葉にレシルは俺の胸倉を掴んだ。
「連・れ・て・行・け!」
「……ハイ」
ダンのオッサン語る後日談では、この時の俺は追い詰められた小動物のような顔をしていたらしい。レシルのヤツ、俺の気遣いを仇で返すなんて最低だよ。皆もそう思うよな?え?違う?君おかしいってー!
あれから30分後――。
「ハァ…」
俺はレシル、ケンジョード、洋介とロッキング街にいた。
レシルはともかく、ケンジョードや洋介までも着いて行くと言って聞かなかったのだ。
確かに、資料を探すのを手伝ってもらったり、部屋を提供してもらったり助けてくれた事には感謝しているが。さすがに科学者を潰しに行く事にまで参加させるつもりはなかった。
これは俺の家庭の事情だ。レシルはしょうがないとして、後の二人は着いて来て欲しくなかった。しかし、二人にとっては今まで散々手伝わせといてなんだそりゃ、って感じだったんだろうな。レシルと二人で行くと言った俺に猛抗議したのだ。
ま、ケンジョードは単に俺と愛しの姫君が二人きりになるのを防ぎたかっただけかもしれねぇが――。
「翔、そこを右だ」
地図を手に持った洋介が地図を凝視しながら指示を出す。
俺達は花屋さんの角を右折した。
「……」
数歩遅れて歩いているレシルをちらりと見ると(深い意味はないよ!)、レシルは俺の目線に気付き、ギロリと睨んだあと目を逸らした。
レシル本人は自覚しているのか分からないが、レシルは数分置きに口元をゴシゴシ拭いている。
これってもしかして――と思い当たるが、そのことを考えると深く傷付きそうなのでやめた。
「んで、そこを左な」
再び洋介の指示が入る。俺は、よく分からないもやもやした感情を抱きながらも黙ってパン屋の前を左折した。
「翔、翔!ストップストップ!」
「え、何?」
「目的地に着いたぜ」
目的地はどうやらパン屋を曲がってすぐの場所だったみたいだ。
一見、普通の古びた4、5階建てのマンションにしか見えない。
本当にここでいいのか疑問に思ったが、建物の隅っこにあるプレートに小さく『11番地』と書かれていたので疑いの余地はなさそうだった。
「皆、気配を消すぞ。レシル、出来るか?」
俺は皆に呼び掛ける。
零番隊であるケンジョードと洋介は当たり前に出来るのは分かっているが、レシルの実力は分からなかったので失礼とは思いながらも聞いてみた。
「…出来るに決まってんじゃない。馬鹿にしてんの?」
なんか…今日のレシルはいつもに増して俺に攻撃的なような…。
俺は折れかけたマイハートを庇いながら、無理矢理笑顔を作る。
「馬鹿にしてないぜ。レシルの身が心配だっただけだよ」
「…あっそ」
レシルはどうでも良さそうに顔を逸らし、ケンジョードは何故か睨んできた。
「…?」
つい意味が分からずに首を傾げる。そんな俺の背中をポンポンと叩き、洋介は言った。
「じゃ、侵入しようか」
散歩に行こうか、とでも言うような軽い物言いに、俺はニヤリと笑う。
「おう」
俺は科学者との決着をつける為、マンションの出入口の扉に手をかけるのだった。