第20話:資料室
「身体チェックを致します。魔方陣の中に一人ずつお入りください」
洋介、ケンジョード、俺の前で魔方陣を指し示すのは、体長50センチ程の二足歩行が出来る白いウサギ。零国の山や森ではよくいる動物なのだが、言葉を話すところからも分かるように知能が高く、人間と同じ様に仕事をしている者もいる。
このウサギの仕事は特別資料室の『管理ウサギ』か。
「りょーかい」
俺たちが一人ずつ魔方陣の中に入ると、魔方陣が輝きだし、地面から突風が吹き荒れる。
ビュオッ
「うおうっ!」
隣りの魔方陣に入っていた洋介が慌てた声を出した。
俺が何事かと洋介を見ると、零番隊のマントの下に着た洋服があらわになっており、洋介が必死に隠そうとマントを押さえているところだった。
ふむ、なになに?洋服に文字が書いてあるぞ?
えーと、これは…『お兄ちゃん大好き』…………。
正直ふーん、って感じだ。あいつあんなもの密かに着てたのか。妹もかなりのブラコンだが、洋介も筋金入りのシスコンだなこりゃ。
「こらあ!翔!そんな冷めた目でみるなーっ!」
洋介が何か叫んでいるが、魔方陣から出てくる突風で聞こえなかったことにしとこ。
俺が洋介シカトモードに入った数分後。魔方陣の風が弱まって消え、白ウサギがペコリと可愛らしくお辞儀をしながら言った。
「――お疲れ様でした。異常はなかったので、どうぞ魔方陣から出て資料室にお入りください」
異常はあっただろ。シスコンという病気を患った変態と、魔法使いのくせに「御座る」な口調を使う奴が。これを異常と呼ばずに何と呼ぶんだ?
白ウサギにそう言いたかったが、それを言うと純粋な白ウサギは混乱しそうなのでやめといた。
「うわ、変わってねえな。ここ」
場所は変わって、資料室内部。沢山の資料、得体の知れない道具などが静かに保管されている。それらはいつから保存されていたのかすら分からない程前にこの資料室にやってきた。やってきた当時は新品同様だった物も今ではすっかりカビに浸蝕を許している。
「カビの匂いがするで御座る…」
少し眉を顰めたケンジョードに洋介は笑いかけた。
「確かに臭いけど我慢だ。レシルちゃんの為だと思って…」
「うう…レシル殿の為…」
どーでもいいが、ケンジョードはレシルの事を好きなようだ。青春ですなあ。
俺はレシルがかけられた呪文が載ってそうな資料を片っ端に棚から取り出し始めた。バサバサと資料が音を立てる度に埃が舞う。
「げほっ!――突っ立ってないでお前らも手伝え」
洋介とケンジョードは何を考えていたのか(どうせ何も考えてない気もするが)ボケっと突っ立ったまま俺の動きを見ていただけだった。
俺が注意すると慌てたようにそれぞれの作業に取り掛かる。調べる場所を分担してケンジョードは一番奥の棚、洋介はその手前の棚、そして俺は入口付近の棚を調べる事になった。
――1時間経過。
埃とカビのコンビネーションの中、資料に目を通しては棚になおす、また目を通してはなおすという、単調な作業の繰り返しで早くもこの資料室を逃げ出したい衝動に駆られた。
――2時間経過。
どうも資料室の壁にかけられたマジックアイテムらしき仮面が気になってしょうがない。とうとう集中力が切れたのか?
――3時間経過。
気付いたら体操座りで寝ていた。洋介たちに見つかったらなんと言われるか。ぶるる。
――4時間経「あったあぁあ!これじゃねえか?!」
洋介の歓喜の叫びで俺の意識は現世に舞い戻った。
「見せろ!」
「拙者にも!」
俺はケンジョードよりも先に洋介の元へ着くと、洋介から資料を受け取った。
パラリと資料を捲ってみると、洋介の言ったとおり人を操る呪文が幾つか書かれていた。
「でかした洋介!」
俺がポンと洋介の肩を叩くが、洋介はそれには反応を示さず、代わりにこう言った。
「今…すぐ逃げよう」