第13話:出発~!
俺は本日何杯目か分からない芳しい香りの紅茶を一口優雅にすすった。
今俺たちがいる所は零国の裕福な人が住まう〈サクソン街〉で1番のでっかい屋敷。
この屋敷の主人はどうやら商売で成功したらしく、昔のやせ細り貧乏だった面影はどこへやら、今では無駄な脂肪を首やお腹に蓄えてぶくぶくとした手でペットとして飼っている蛇をしきりに撫でている。
なぜ俺がこの主人が昔貧乏だったことを知ってるのか?
それは簡単。このおっちゃんがしきりに自分の話をしてくるからだ。
俺たちは最初自慢話を頷きながら真面目に聞いていたが、1時間は経過した今、話を聞いてる間におかわりまくった紅茶のせいでションベンが限り無く近い。
おっちゃんは蛇を撫でる手を止めて目を輝かせる。
「ワシが最初に目をつけたのがこの蛇のスネーでな、この輝きが…」
「もうそろそろ本題に入っても?」
もう我慢できなかった。俺もそんなに暇じゃねーんだばかちんが。
「おお、そうだったそうだった。すっかり忘れていた。お前たちは任務で来てるのだったな」
忘れてもらっちゃ困るんだが。
「はい。今回は護衛とあったのですが、あなたを何から守ればよろしいのでしょうか?」
「ああ、それはだな。ワシは今からテンジリア王国に商売上の都合で行かにゃならん。だから、その間お前たちに同行してもらって金目当ての悪しき賊などの輩から守ってほしいのだ」
「はい、分かりました」
ハァ、そんな任務かよ。この任務零番隊じゃなくてもよくね?
俺が内心毒づいていると、隣でケンジョードが屋敷の主人に質問した。
「ならば、お主の発つ準備とやらは既に終わっているので御座ろうな?」
「そりゃ勿論だ。外に馬車を準備させておる。さあ外に行くぞ」
そう言うなり屋敷の主人はフカフカの椅子から立ち上がり、着いて来いと手招きした。
馬車の中は快適な空間が広がっていた。
余裕で6人は入れるであろう広さ。向かい合わせに置かれた赤いソファーは座ると沈み込む程ふっかふかだ。
「お前たちは何者かが襲ってこないか常に警戒したまえよ」
そう偉そうに言う屋敷の主人は肘をついて目を閉じた。
おーおー、自分が1番偉いとでも思ってるのかね。このおっちゃんは。
俺がそんなことを思っていると、ふいにロイレンの甲高い声が響く。
「わあ!翔くん見て見て!あそこに野生の妖精がいるよ!」
「ロイレンって野生の妖精を普段見ないのか?」
窓の外を見てはしゃぐロイレンに俺は内心驚いていた。ぶっちゃけ野生の妖精なんてそこらの虫くらいよくいるから今さら妖精を見掛けただけでこんなにも反応出来るヤツがいたとは!って感じだ。
「見るけど、こんなピクニックみたいな状況で妖精を見ると嬉しくなっちゃって!」
「非常に言いにくいのだが、これはぴくにっくにあらず。任務なり。」
言いにくいとか言いつつ、さらりと無表情でいってのけるケンジョード。
「ええい!お前たちうるさいのだ!黙りたまえ!!」
眠りにつこうとしていた成金がキレた。
1番うるさいのはてめぇだよ?自覚しようか。
つーかそんな口調だったっけ?どうでもいいけど。
――そんなこんなで俺たち一行を乗せた馬車は暖かい日差しの中テンジリア王国へと進んで行く。
最初は眠るまいと頑張っていた俺だったが、睡魔という強敵に成す術も無く平伏そうとした、その時だった。
「あと10分程でテンジリア王国でございます!」
馬車の馬を操っていた成金おっちゃんの従者らしき人物が高らかに告げた。
――えっ?もう?
そう思わずにはいられなかった。だって普通あるよな?戦いとか戦いとか戦いとか!
「え~っ!もう着いちゃうのっ?つまんないよお~バトルとかしたかった!」
隣りでロイレンが騒いでいる。どうやら俺はおこちゃま少年と同じ気持ちらしい。
「平和が何よりで御座ろう。それより、せっかくテンジリア王国に来たのであるから、温泉にでも入って帰らぬか?」
「お前はじいさんか!」
「何を申すか!拙者は立派な若者で御座る」
「へー?今時の立派な若者はそんな口調なのかあ~」
「そうで御座る。翔殿が異常な言葉遣いなだけ」
「なんだとお~!」
「2人とも!アレ見て!」
俺たちの延々と続きそうなやり取りはロイレンの叫びにも近い声で強制終了した。
「なんだよ、また妖精か……ってあれ?」
そこにいたのは複数の男に囲まれた女性。
明らかに女性は怯えた様子で男供を見つめている。
「…っ!」
俺の体は女性を助けるべく勝手に馬車を飛び出していた。
俺って正義感強いだろ?えっへん。け、決して囲まれた女性が可愛かったからとか不純な動機ではないからなっ!
――どんどん離れていく馬車から成金おっちゃんの「勝手に行動するな!」という叫びが聞こえるが聞こえなかった事にしておこう。
「は、放して下さい。母に薬草をとどけなくちゃいけないんです」
「薬草~?それさえ無くなりゃあお嬢ちゃんは俺らに付き合ってくれるっていうのかァ~?」
「やめて下さい!放して……あっ!」
バシッという音とともに女性が持っていたカゴの中の薬草がぶちまけられた。
「げへへへ…それじゃあ行こうかお嬢ちゃん………何だァお前?」
男供が焦ったように騒ぎ始める。無理もない。そこには見知らぬ男がいきなり現れ、女性を庇うように立っていたからだ。
普通に現れたのなら男供もここまで騒ぎはしないだろうが、この男の現れ方は――異常。
誰もこの男が女性に近付く様子を視認できなかったのである。
「怪我したくねぇなら去れ。俺も怪我をさせたくないからな」
男はそう言ってフッと笑う。腹立たしい程それが似合っている。
「バ、バカにするんじゃねえーっ!」
ゴツい体つきのツルツル頭が我慢できずに飛び出してきた。
謎の男は高く跳躍すると、ツルツル頭のてっぺんに人差し指を置く。
ツルツル頭は白目をむき、間髪をおかずに派手な音と共に倒れこんだ。
「な、何なんだ!何者なんだお前!」
ジリジリと後退する男供。
「質問すんな。去れよ」
謎の男の目がギラリと危険な輝きを放つ。
「くっ」
1人、また1人と慌てて去っていく男供。
とうとう残されたのは謎の男と女性だけとなった。
「大丈夫か?」
女性は自分を心配する声に顔を上げた。そこには女キラーと称されてもおかしくない微笑みを浮かべた男が手を差し延べていた。
「俺は、水無月 翔。零国の零番隊に所属している。住所と電話番号渡しておくから困った事があったら言ってくれ。力になるから」