とある花火大会のひと時
作者の新たな試み、今まで書いた事のないキャラクターを登場させる。
それによって生まれた今作。基本ストーリーはなく、とあるカップルの様々なシチュエーションを一話完結型で書いていく、というものです。
今の所登場する男女に名前はありません、今後続けていく過程で名前をつけるかもしれませんが、それまでは『男性』『女性』と表記させて頂きます。
もしよろしければ、今作にお付き合い頂ければ幸いです。
「鮮やかに咲いて、そして一瞬で消える、かぁ」
「どっかの歌の歌詞みたいな事言ってるけど、どうした?」
部屋から覗く、夜空に瞬く花火を眺めながらタバコを吹かしつつ、窓に寄りかかる女性が一人。
そこに冷蔵庫から缶ビール数本と、麦茶のペットボトル。そして冷やしたグラスを二個持ってきた男性が声をかける。
彼らは交際して数ヶ月経った頃に同棲を始めた恋人同士。
女性が元々住んでいる場所から引っ越したくないからとの理由で、男性が遠く離れた地元からここにやってきて徐々に慣れてきた頃に。
今日は近くで花火大会が開催されて、その光景を住んでいるマンションの一室から見る事ができるということから、窓際で一緒に見ようということになり。
女性が酒のツマミを床に並べて待ち構え、そこに男性が飲み物を持ってやってきたというわけだ。
「いやぁ。花火って綺麗だけど、一瞬じゃない? だからさぁ」
タバコの火を近くに置いてあった灰皿でもみ消して催促するように手を差し出した。
「儚いなぁ、ってセンチメタルに浸っていたと?」
「ううん。私もそうなりたいって思っただけ」
「いや、駄目だろそれ」
男性が缶ビールを手渡して、女性が受け取る。
「そう、あんな風に鮮やかに、そして一瞬で跡形もなく消える。いいと思うけどなぁ」
「桜や花火が、短いからこそ魅力を感じる事には同意をしよう。けどそれをお前に当てはめた場合、一瞬で跡形もなく消える=死じゃん? それとも何? 遠まわしに「別れましょう私達」って言ってる?」
缶ビールのプルトップを開けてグラスに注いでいる際に、男性は女性に向かって問いかける。
その言葉に「あっそれはない。私あんたが別れたいと言っても、絶対に別れてやらないから」と真顔で告げた後。
「自分の人生を振り返った時に、我ながらぐたぐだとみっとないというか、わけのわからないというか、特に信条もなくだらだらと生きてきて。それに対して泣いたりわめいたり反抗ばかりして。人に誇れる生き方をしていたわけじゃないから。それだったらいっそのこと、あっさりと終わらすのもいいんじゃないかって思っただけよ」
とは言っても、死ぬのは怖いから結局わめくだけわめいて終わるんだろうけど。
女性が言ったことに対して、ふーんと曖昧に返事をした後で男性は腰掛けた後、自分のグラスに麦茶を注ぎこむ。
「……」
「何?」
「いつも思うけど、麦茶美味しい? 私麦茶って基本水分補給で飲むものであって、こういう景色を楽しむ時に飲むものではないと思うけど」
「いんや。麦茶最高」
女性の問いに、良い笑顔で返事して一気に飲のきる。
その後でドーンドーンと体に響く低い音と、夜空に作花火の数々を眺めて「夏だねぇ」と呟いた。
「あんたってさー」
「んー?」
「やっぱ、色々変わってるわよねー」
男性と同じように窓越しに花火を見つめ、グラスに入ったビールを一口飲んでから言った。
お互いに相手の顔を見ず、景色を眺めつつぼんやりとしたままの会話。
「そう?」
「そうそう。だってこんな女を彼女してる時点で頭おかしい」
「自分の評価を下げてまでいう事かなそれ?」
「じゃあ付き合ってもないのに、髪の毛染めて、刺青入れて、手首にリスカの後あって、自分から「経験人数二桁超えてます」って言っている地雷女の話を聞いた上で、「私と付き合ってみない」の返事に頷く男をどう思う?」
「それだけ聞いてたら「スゲェな」って思うけど。でもそれまでに色々あったしなー」
そうやって、空いたグラスに麦茶を注ぎたそうとした男性に待ったをかけて、中身が残った缶ビールを「んっ」と突き出す。
「ええ、俺酒あんまり好きじゃないんだけど」
「んんっ」
「それに酒直ぐ体に回るし……」
「んんんっ!」
「……」
「……」
やんわりと断る男性に、女性は酒を突き出しまま。
数秒の間。
「……はぁ」
折れたのは男性で「はいはい」と言いながら女性から缶ビールを受け取って、自分のグラスに注いでいく。
それを満足げに見つめ、自分は自分で新しいビールを取り出して蓋を開ける。今度はグラスに注ぐ事はせず、男性に向かって缶ビールを突き出すと、それに会わせて自分のグラスに缶ビールを軽くあてて「乾杯」と言った。
「ふふ、やっぱり変わってる」
「酔ってる?」
「これだけで酔うわけないでしょう」
自分のノリに合わせてくれる、そんな男性が一緒にいてくれる。
その事に気分がよくなって笑った。
本当に変わった人。
自分みたいな人間と関わっても、偏見や差別をせず一個人として扱って。
何でもないやりとりに付き合ってくれる。
しかもあくまでも自然体。
無理に付き合っているわけでもなければ、変に気を使っているわけでもない。
それが、今まで経験したことがないもので心地が良い。
「ねえ」
「んー?」
声をかけてみれば、言葉の通り酒が弱いのだろう。
顔が若干赤くなっており、声も少し幼さが出ている。
それを見て、女性の母性が刺激されて胸がときめいた。
女性は、それを隠そうともせず座り込んだ体制を変えて近寄り。
「しよっか?」
「何をー?」
男性からは、見上げるような構図になるように意識して。
女性は男性の頭を抱え込むように腕を回す。
その行動に抵抗することなく、言葉の通り何を言われているのかわからない、そんな表情で女性を見上げる男性。
男性のその顔に「もう我慢できねぇ」と内心で自身が狼になる事を自覚しつつ。表情を崩さないように優しく笑いかけながら。
「子供じゃないから、わかるでしょう?」
抱き寄せて、自身の胸に顔を埋めさせて囁く。
「良いことよ。い・い・こ・と」
男性の頭に顔を寄せて、より体を密着。
体の火照りが臨界点に達して、男性が肯定の意を示した瞬間に襲いかかる気満々だった。
現在カーテンは景色を見るため閉じておらず、外から丸見えな状態だが大丈夫。
わざわざマンションの一室を覗きこむ輩がいなければ、問題ない。
むしろ「誰かにみられているかも」という心境はより興奮を助長させるモノなので、バッチこいだ。
だから、今すぐはいと言いなさいっ。
後は私が美味しく頂いてあげるからっ。
そう思って、我慢の限界を感じながら男性の言葉を待っていた。
すると。
「んー。今日はいいや」
女性の胸の感触に心地良さそうにしながらも、女性の誘いを断った。
「はっ?」
「花火見たいし、その後で仕事残っているから片付けたいし、したらそのまま寝ちゃうから、今日はやめとくー」
間延びした声で、にこにこと純粋な笑顔を浮かべたまま。男性はしないといった。
「え、し、しないの?」
「しない」
「だって、今絶好の、機会じゃない? 花火は、別に今日だけじゃないし、それに仕事っていったって締め切り明日じゃないでしょう?」
「花火を見るのも数年ぶりだし、仕事も区切りのいいとこまで終わらせたい」
そういえば、花火を見る前に「大人になって花火を見る機会が減った」とか言っていたような。でも締め切りが明日じゃないのなら、最悪時間をずらせばいける?
そうやって、頭を悩ませている時に男性は女性の胸に顔を埋めるのをやめた。
段々と酔いが覚めて来たようで、顔は赤みが残っている物の、表情は普段と変わらず声も間延びした感じはなくなっている。
「だから花火が終わったら俺部屋で作業するわ。あっ先に寝ていていいから」
そう言って、空いたグラスに麦茶を注いであおる。「麦茶うめぇ」と呟き。
「おっ、もう終わるかな? スゲェ迫力」
音もさることながら、花火の大きさや数が変わり。夜空には様々な彩りの花が咲く。
それを「綺麗だな」なんて窓越しで眺める男性だったが。
女性はもう花火を見ていない。
下を向いて、わなわなと肩を震わせている。
さながら目の前に肉を置かれ、今か今かと待ちわびている時に「あっ今日じゃなかった」と皿を下げられた犬のよう。
この時、何を思うかは人それぞれで。女性の場合は
ふ・ざ・け・ん・な・っ!
こっちは準備万端で襲い掛かる気まんまんだったというのに、気分じゃないからしない? そんなんで納得すると思うなよこの野郎。
そう思い、激情に身を任せ襲い掛かる気だったのだが。
「別に、今回だけじゃないからな」
男性の言葉に理性がブレーキをかける。
「うん?」
「そういう事するのも、一緒にいるのも。だから今日は花火を一緒に見て。その後は仕事する。そしたら明日はフリーだから。そしたら一緒に色々やれるだろう?」
そう言って、女性の体に両腕を回して。そっと頬に口付け。
「だから、今日はこうして一緒に花火を見るのも楽しまないか?」
顔を離して、にこりと笑った。
その顔を見て、「あーもう」と思う。
そうやって、自分に向かって柔らかく笑う人がいるなんて今まで知らなかった。
体の関係以外で、こんなにも満たされるなんて思っていなかった。
こうして、言葉と態度だけで幸せを感じられるなんて。
今までなら絶対に信じられなかった。
けれど。
今目の前に、自身の性欲を満たすためでなく。自分と一緒にいる事を望んでくれる人がいる。
そう思ったら、「仕方ない我慢してやるか」と納得することにした。
高ぶった感情が消えたわけではないが。
けれど。
こうして窓際によりそって。
彼の肩に顔を載せ。
ビールをちびちびやりながら。
夜空に咲く数々の大輪を一緒に眺めるのも。
「悪いモノじゃない、ってね」
「何か言った?」
「別に、なーんにも」
ドーン,ドーンと部屋にまで響く音で聞こえなかったのだろう。
男性は女性に向かって問いかけるが。
大したことではない、と首を横に振って笑う。
そう、本当に対したことじゃない。
ただ、思ったから言っただけ。
別に伝えたかったわけではない。
そう思ったところで。ああ、どうせ聞こえないのなら。
もう一つ、本音を口に出してやろう。
花火が瞬き、音が鳴り響く中。
タイミングを見計らって口を開いた。
――明日は、絶対に寝かせてあげないから。
本日は、稚作をご愛読いただきありがとうございました。