貴族街・ワーランド邸(1)
「リード! 貴様はワーランド家から追放だ! 二度と敷地を跨ぐんじゃない!」
兄ウェデルの怒鳴り声が、邸内に響きます。
僕の隣に座っている騎士ウォードが、殺気の籠った眼でウェデルを睨みつけました。
それだけでウェデルは静かになりました。多分、ちょっとチビってると思う。
騎士ウォードはダルトーム騎士団の最強の騎士です。
そして、ダルトーム騎士団は【南の国】内において、最強の騎士団。
そりゃ、王立学園の出で荒事の経験がほとんどない男では耐性はないわなあ。
寧ろ「自分達は騎士や従士に守られる側なんだ」くらいの認識しかないので、一流の騎士のわずかな殺気にも過剰に反応してしまうのかも知れない。
さて、状況説明です。
ここは、【ダルトーム】の貴族街。その中のワーランド子爵邸です。
「秋の交遊会」終盤、僕は、父であるワーランド子爵に、ここに来るよう命じられました。
生まれてこの方一度も見たことのない、【ダルトーム】の当家の邸宅。一応ながら貴族家の親子である以上、当主の命には従うべきかと、ちょっとだけ顔を出そうと考えたところ……
臨時ながらダルトーム伯爵家で雇われている身、直属の上司である財務室のムラクさんと、騎士団のウォードさんが同行することになったのです。
私の向かいに座るのは、父エーデ・フォン・ワーランド、どうも掴みかかっても自分の弟の事は知らなかったらしい兄ウェデル・ワーランド。ワーランド家の筆頭家人~僕らは本邸筆頭家人と呼んでいましたが~マリスの3人です。
「エーデ卿。私も騎士ウォードも、御屋形様の命でリード君に付き添いここに伺っています。その我々に向かって怒鳴りつけるなど言語同断でしょう。家人の責は当主の責。誠意ある回答がいただけないなら、今すぐにでも、あなた方を引きずりだしますが。
ダルトームの重臣の前で、私の部下に対して、何の説明もなく家門から追放すると怒声を上げて恫喝するなど、非礼にも程があるのでは。」
はあ、この応接室に入って、わずか10秒でこの展開。
向かいに座る3人は騎士ウォードの殺気に呑まれて顔色を失っているし、ムラクさんは、細かい駆け引きをすることなく、言葉でばっさり切りつけてしまいました。
彼ら2人に取ってみれば、ワーランド家と交渉して何か良い条件を導き出すという類の課題でも何でもなく、自分達の労働環境の改善を図るため、事情を知っている人材を逃したくないという一心なのでしょう。
僕も前世?で経験していたので、その気持ちはよく分かります……