(財務官僚)マーサス・ムラク(1)
南歴310年【九ノ月】
今月は、「秋の交遊会」がある月だ。
ダルトーム派内の各子爵領・男爵領との折衝も佳境に入る。
特に土地持ちの子爵家の場合、取り扱う事業額の規模も大きく、相当、気を遣う必要がある。
私は、マーサス・ムラク。
騎士爵を賜っているが、腕っぷしも魔法の技術も大したことはない。
というか、領の行政実務を担う吏員として爵位を受けているので、当然ながら、腕っぷしなんて不要だろう。数日の徹夜に耐える体力は必要だが。そして、繰り返すが、佳境なのだ。
一貴族の家人でもそうかも知れないが、【王都】や【領家】の吏員の業務負担は相当のものである。各領の数値を取りまとめて調整する必要がある分、負担が大きくなるのは当たり前だというのは分かっているのだが。
毎年の事ではあるが、激務で体調を崩すものが続出するため、人事に対策を泣きついたところ、1か月前、御屋形様から臨時のスタッフを各部署にあてがうという。
その一人として私たちのところに来たのが、今年になって王立学園に入学したリード少年であった。
(まあ、脳筋の考えることだから、こんなモノだろう。)
と誰かが呟いた。決して、私ではない。
荷物運びや清掃などを手伝ってもらおうと考えたが、まてまて、なぜ王都にいるはずの学生がここで日雇いで仕事をしているのだろうか。
もう夏季休暇に入ったのか? そうか夏季休暇か。自分の家(ワーランド領)に帰らず領都で働くなんて…子爵家で領地持ちなんだから、そんなに貧しくないよね。
「実は、僕、B級探索者でして、【ダルトームの迷宮】の20階層から【王都】に行けるんです。なので、【ダルトーム】と【王都】間の書類運びも、できる範囲でやるよう、御屋形様に言われています。」
(まあ、脳筋の考えることだから、こんなモノだろう。)
と誰かが呟いた。決して、私ではない。
少し職場に慣れてもらったところで、「猫の手も借りたい=この際、学生でも良い」ということで、金額の検算について頑張ってもらうことにした。
リード少年、計算が速い。算盤はあまり使わないのに、額の正誤をどんどん確認していく。
(あれ、これなら、帳簿の数値確認をしてもらっていいんじゃね?)
と誰かが呟いた。これは、この部屋にいる吏員の総意だったと思う。