『迷宮学』(5)
もともと常識……ただし、この世界……に疎い自分であっても、それはあくまでワーランド家の別棟に隔離されている時分であって、探索者としての活動をはじめてからは、むしろ同年代の子ども達と比較すると、はるかにこの世界の常識を身に染みて実感してきました。
この国は成長期にあります。
様々な産業が生まれ、物流も増加し、人口は増えて、街は都市化が進んでいます。
数々の利権が生じ、もともと都市を支えていた【迷宮】の位置づけが軽んじられて、都市化が顕著な【南の大迷宮】【ソロムの迷宮】【サリウムの迷宮】の裡、特に探索者の手が、かつてと比べると手薄になった【ソロムの迷宮】において【魔獣暴走】が発生しました。
あれ?とはいえ、この世界には化石燃料が見つかっていない……魔力というエネルギーが魔石や人を通じて提供されるから……ので、魔石の必要性は高まっているのに、どこから魔石は調達されていたの?
「はい、つまり、中央地域の三大迷宮での魔石の調達がおろそかになっても、辺境地域の迷宮から取れる魔石で、国全体のエネルギーは賄えていました。
それは魔石で動く製品の性能が良くなった……という点もありますが、詳細を調べたところ、『辺境地域の迷宮で確保できる魔石の質量が以前と比べて増加していた』ことが分かりました。
繰り返すのですが、『人間が魔石として確保する魔素』というのは、ようは『全世界の人間が使う魔力の量』と連関しています。
この国でみても、人口が増えているということは、確保すべき魔石の量も増えているということです。
しかし、辺境部の迷宮で確保できる魔石でその量は賄えており、中央部の迷宮での確保は疎かになっていった。
辺境部の迷宮では発生する魔石が増加し、中央部の迷宮では発生する魔石が減少したなら、それは分かります。
しかし、実際に起きたのは【ソロムの魔獣暴走】でした。
つまり、中央部の迷宮においても、辺境部の迷宮と同様に『魔素が増加している』のに、迷宮内の魔獣討伐による魔石確保という、迷宮内の魔素の制御を怠ったために、【魔獣暴走】が発生したと、そう研究所では考えているのです。」
そこまで説明して、ラウル先生の表情が、少し暗くなってきました。