「総括の場」(9)
『閣下、伯爵閣下!
リードひとりにそのような褒賞は理解できませぬ。
その庶子は、皆さんをだましているのですぞ!
だ……』
思わず発言した粗忽ものは、アルト・フォン・ケイロン男爵。
僕の叔父であり、僕の身代わりで座っているウェリス先輩のすぐ後ろの席に座っている人です。
僕の父エーデの同腹の弟。貴族としての魔力量に相当の自信を持っており、ケイロン男爵家を継いでいます。実際には、やや覇気のかける父に集る事が多く、残念ながら、貴族として持つ魔力の量の多さこそが最大の価値と信じている人です。
当然ながら、父がワーランド領の領主の座から降り、兄ウェデルや弟パールが引き継がないのであれば、自分こそがその後継となるものと思っていたのは分かっているのですが、その不満を、この「総括の場」で発言しようとしますか?そういう場ではないでしょう、ここ……
ウェリス先輩は、文官で、細腕で、掴み合いなんてからっきしなのに、叔父アルトに組みかかっていきました。身を張ってでも、ここはアルト卿の振る舞いを止めなければ……、そういう思いを感じます。
この場は、秋の交遊会の「総括の場」です。御屋形様の許可なく発言はできません。繰り返しますが、そもそも、この規模の会議で、好き放題、発言できる訳ないのですけれどね。ヤジも厳禁です。
さて、ウェリス先輩は、家長代理として、ワーランド家の一門である叔父アルトの狼藉を止める必要があります。
つまり、僕、リード・フォン・ワーランド子爵は、家長として、ワーランド家の一門である叔父アルトの狼藉を止める必要があります。
確かに、僕も、ちょっと、何かしないと、やばい感じですね。
僕は席から立ちあがり、すっとウェリス先輩と揉み合っているアルト(もう呼び捨てでいいや……)の傍まで移動し、アルトの、その、ふくよかな腹にパンチを一発打ち込みました。
すぐさま、胃液を戻させないように、顔面の鼻と顎を掴み、床に押し付けます。
周囲の人から見ると、瞬く間に、僕が自分の席からワーランド家の席まで移動したように見えたのでしょう(まあ、物理的にもそうなのですが)。
そこかしこから、「ほう」というため息が聞こえてきました。武闘派の人も多いのですよね、ここ。
「衛兵さん、静かに部屋の外へ。アルト卿は『体調不良のため、些か気分が悪い』とのことです。確かに顔色も悪そうですし。」
駆け寄ってくれた2人の衛兵は、僕に苦笑いを見せながら、蹲っているアルトに対して、「一旦、部屋の外に出ましょうか。」と声をかけて、そのアルト(大丈夫、胃液まみれにはなっていない)を連れ出してくれました。
ちなみに、連行するため、アルトの腕は衛兵による関節技が極まっていますね。逆らわずに素直に退出すればいいのに。
しかし、ウェリス先輩には申し訳なかった……
僕は小さく、御屋形様に向かって、手を挙げました。
「御屋形様、発言してもよろしいでしょうか。」
「ああ、リード、構わないぞ。」
広間の中は少し騒然としましたが、衛兵2人が叔父アルトを運び出してからは落ち着きを取り戻しました。
「リード・ワーランドと申します。皆さん、当家の者が、お騒がせして申し訳ございませんでした。」
僕は、会場の一同の皆様に頭を下げた。
「それと、ワーランド家の皆さん。次に御屋形様のお許しなく、一言でも声を上げたときは……」
僕はウェリス先輩越しに、当家領内にいる男爵達をじっと見つめました。
「当主として、この場で直ちにぶちのめします。」
……
「まさか、できないとお思いですかな?」
一時置いて、ダルトーム騎士団の面々(どうりょう)が立ち上がりました。
それから、一息遅れて、ダルトーム家の文官達も立ち上がりました。
広間を囲んだ衛兵たちも……ワーランド領の男爵達を睨みつけています。
特にダルトーム騎士団の猛者の面々は、『次は、自分が跳び込んで、無礼者に腹パンくらわす』というメッセージを込めているのか、やや口角をゆがめて、威圧をワーランド領の男爵達にかけています。
青ざめる、従兄のケイロン家嫡子のロベルト・ケイロン
青ざめる、これまでウェリス先輩に迷惑をかけてきた各男爵とその取り巻き達。
その表情をみて、面白がっているダルトーム騎士団とダルトーム家の家人達。あなた達、さっきまで、彼らを睨みつけて威圧していた側ですよね???
そして、ちょっと苦笑いしている(一歩間違えると同じ立場なんだろうなあという表情)他の貴族達。
「リード、お前のところの男爵は体調不良なんだろ。俺は気にしないから、次に進めようや。」
『ワーランド領の騒動』は御屋形様のあきれた一言で、大勢が決したのでした。
当然、僕とウェリス先輩の勝利ですよ。親族の皆さんには、今後、猛烈に反省を促すとともに、自重した行動を取っていただくよう、しっかりお願いしてみようと思っています。
確かに、僕の持つ魔力総量は、貴族としては一般的で、とても各男爵家を束ねる子爵家の長としては適切ではない量です。これまでの常識と照らし合わせてみれば。
ただ、大きく国の枠組みが変わりつつある今、『そもそも、何故、貴族の頭領に、相手を威圧できるほどの魔力量が求められていたのか』を考えなければならない状況を迎えたのだと思います。
皆さん、明日からがんばりましょう!




