(伯爵)ノーマン・フォン・ダルトーム(1)
「ダルトーム家は考えなしの連中だ」
よく言われる。
俺の名は、ノーマン・フォン・ダルトーム。ダルトーム伯爵家の現当主だ。
復習だが、ちょっとだけ、この国の歴史に触れてみようか。
かつて、この大陸の南域には7つの邑があった。そして、7つの【迷宮】があった。
7つの小さな国は【迷宮】とともに発展した。やがて、邑は町となり、街となった。
【迷宮】は年を経るごとに深層階への道が開かれ、【迷宮】と【迷宮】をつなげる門が生まれた。
7つの国の盟主は【もっとも大きな迷宮】を持つ街だった。
【もっとも大きな迷宮】を持つ街は、近隣にも【迷宮】を持つ街があり、【迷宮】と【迷宮】をつなげる門を介しつつ、地上でも道をつないで、街と街が連携して【迷宮】を攻略しつつ、交易や交流を強化してきた。
【南の大迷宮】を持つ【王都】を管轄する王家
【ソロムの迷宮】を持つ【ソロム】を管轄するソロム侯爵家
【サリウムの迷宮】を持つ【サリウム】を管轄するサリウム伯爵家
【ロジウムの迷宮】を持つ【ロジウム】を管轄するロジウム伯爵家
【ワートリムの迷宮】を持つ【ワートリム】を管轄するワートリム伯爵家
【ラルシウムの迷宮】を持つ【ラルシウム】を管轄するラルシウム伯爵家
そして、【ダルトームの迷宮】を持つ【ダルトーム】を管轄するダルトーム伯爵家
この順位は【王都】からの距離による順序である。
【王都】から離れる程、その領の独立性が強い。【迷宮】自体の難易度も高く、【魔獣】の強度も高い。交易の不便さから他領からの支援は薄く、自領で自立した経営を営む必要性も高くなる。
ただ、そうした中でも人々は都市の周辺の土地を開墾し、様々な産業を興し、道を拓いた。
それらの動きに呼応する形で、都市以外の地域においても、小さな【迷宮】も増え、様々な【迷宮】から得られた魔石の魔力は、主に「熱」に変換され、それらの土地に住む人々の生活を支え、恵をもたらしてきた。
このようにして、国という、この地域、この社会を運用する仕組みが構築されてきた。
そして、様々な価値や技術が少しずつ生まれ、交易が、一層、盛んになり、領地ではなく無形の財産を持つ法衣の貴族が生まれて社会の運用を支えるようになり、商家が経済を担う社会に変遷したのである。
そのため【王都】の周辺では、わざわざ攻略難易度が高くリスクの大きい【迷宮】攻略に力を入れなくても、様々な食糧や産品を手に入れ、流通することができるようになってきた。
すると、【王都】や【ソロム】の連中は、特に【ダルトーム】を、ようは「社会の変遷に乗り遅れた、ひと昔前の粗暴な者ども」のように見るようになった。
ただ、本来であれば、「辺境派」に属すると見られている、【魔獣暴走】のリスクの高い【ワートリム】【ラルシウム】【ダルトーム】ではなく、「中央派」の中心であるソロム侯爵家の【ソロム】で【ソロムの魔獣暴走】が発生するとは誰も思っていなかった。
寓話であれば、安易に富を得る手段に眼がくらみ、大きな痛手を負う権力者の悲劇とでもなるのであろうが、実際にはそれだけでは済まないのは自明の理で……
◇
領都【ダルトーム】領主館
「宰相殿、ここ【ダルトーム】が第二の【ソロム】になるのは、もうやむを得ないかも知れません。そして、私は、もう、それでいいです!」
文官マーサス・ムラクが泣いている。
「御屋形様、辺境伯への昇爵は断りしましょうなんて、もう、いいません。でも、【王都】や【ソロム】の法衣の者達の手綱をしっかり取らないと、本当に【ソロム】に飲み込まれますぞ。まさか、ここまで頼らないといけなくなるとは……」
宰相トルド・フォン・グレインが頭を抱えている。
「宰相殿、ダルトーム騎士団は【王の矛】として軍事権は掌握していますし、人事権も予算編成権も御屋形様が持っているわけですから、やりたい放題じゃないですか、わはははは……」
A級探索者リード・ワーランドは適当なことを言っている。
俺もそうだが、宰相トルドも文官マーサスやウェリスも、非常に冷めた眼差しで、発言者のリード・ワーランドを見つめていた。こいつが14歳?もう年齢などどうでもいいわ。
「リード君、ワーランド領だけでも統制が取れていないのに、人事も予算もどうしようもないでしょう!何とか伯爵家の威光を笠に領内貴族を抑えてきましたが、マーサスさん、他の子爵領もこんな感じなんでしょうか……」
◇
秋の交遊会がはじまった。
【ソロムの魔獣暴走】という過去にない大災害を乗り切り、【災厄】討伐を果たしたダルトーム家は、王とソロム侯爵家から補償と褒賞を受けることになった。
これは【南の国】全体の富が大きく減少する傾向の中で、【ダルトーム】の富は飛躍的に増大するということ。
その富の分配に諸卿が躍起になってしまい、領内の経営は大混乱だ。
それを収束するために、主に【ソロム】や【王都】の法衣貴族や文官の力に頼らざるを得なくなった。まさに本末転倒の状況である。
まあ、残念なことに、この派遣された者どもが、これまた富の分配が上手い。「全員を満足させる」ことは不可能かも知れないが、「全体的に満足させる」事を着々と実現していく。