(講師兼主席研究員)二コル・フォルマッテ(3)
最近、ウォードさんの愚痴も多くなってきています。
私も愚痴が多くなってきています。
諸悪の根源であるリードさんが、ウォードさんと私の出会う機会を、積極的につくってくれるのは、本当に皮肉めいた所業でもあります。冗談はともかく。
「……それは、おめでとう。なの?」
ウォードさんは、今回の【ソロムの魔獣暴走】鎮圧の功績により、テザリオさんとともに男爵に叙爵されました。
【騎士の中の騎士】とても恰好良いのですが、それが今のウォードさんの二つ名です。以前の【王国最強の騎士】よりも、さらに身悶えする二つ名だと本人は泣いています。だから、今回はその点を掘り下げないようにしましょう。
ちなみに、王家、侯爵家、伯爵家、領地持ちの子爵家は、領内の魔獣対策、治安対策、領外からの防衛のため、もともと、騎士団を所有しています。
【迷宮】を抱える伯爵家の騎士団は精強であり、その中でも「武断派」である【ダルトーム】の騎士団は、もっとも質量を兼ね備えた騎士団でした。
【ソロムの魔獣暴走】鎮圧により、国を代表する騎士団として【王の矛】と位置付けられ、その役割も機能も拡充された騎士団。
その騎士団の筆頭騎士が、ウォードさん、なのですが……
「御屋形様がね、自分に騎士団長の座を譲るといいだしてね。それはもう、にこやかに。」
「ダルトーム伯爵は、とても、脳……失礼、現場第一主義のお方だから、責任感を持って騎士団長の座におられたと思っているのだけれど……」
うっかり脳筋なんて口ずさみそうでしたが、一応、そこそこの雰囲気を持つ店とはいえ、飲食店の中なので、表現は控えさせていただきました。
「本人曰く、『貴族の責務』として団長の座にいたが、テザリオも私も男爵の爵位を賜ったのだから……という理屈らしい。」
「本音は?」
「滅茶苦茶、忙しいそうだ。」
「…………」
それはそうですね。昨年の【魔獣暴走】の結果、ダルトーム伯爵の権力は増大せざるを得ず、現在、辺境伯への昇爵も確実視されている状況です。
ウォードさん曰く、本音でいえば、一部の家臣団は、ダルトーム伯爵の昇爵に否定的だそうです。
「いやあ、あれは冗談だよ。あはは……。みんなに聞いたわけじゃないからね。」
「そうよね、やっぱり名誉なことだと思うもの。」
「……?」「……?」
ウォードさんは少し困ったような表情をして、小さな声で言いました。
「ああ、多分ね、みんなに聞いたら、みんなが『辺境伯なんかになってほしくない』っていう感じだよ。ちなみに当の御屋形様は『なりたくない……』って、いつも呟いているからね。
自分達は、「中央派」の連中が金稼ぎにかまけて、本来の責を果たしている自分達を下に見ている様が許せなかっただけで、自分達の仕事を増やす気はなかった。
前も、十二分に忙しかったからなあ。」
そして、ぼそりと一言。
「……団長、やりたくない。」
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プロジェクト55
【南の大迷宮】の55階層の階層主を、多頭大蛇の攻略部隊で制圧しようという作戦です。
その後、A級探索者からの情報をもとに、将来的には、5階層ごとの階層主を制圧しつつ、77階層まで進行するとのこと。
77階層は、階層全体が安全区画となっており、くぎりのない広大な空間となっていることから、【ソロムの魔獣暴走】対応時に、【南の大迷宮】20階層に設置した拠点機能を、そのまま、77階層に設置し、76階層の魔獣を定期的に駆逐することで、【南の大迷宮】での【魔獣暴走】の発生要因をつぶしてしまおうという考えだそうです。
要点は、『77階層に拠点を設けること』を最終目標とすること。
【迷宮】の法則から考えれば、【南の大迷宮】は魔獣の移動範囲の視点でみると77階層で完全に区別されていることから、【魔獣暴走】の最終起点は76階層になることが想定されます。
そこでの魔獣発生の量や頻度を安全に調整できれば、【南の国】最大の【大迷宮】による、【魔獣暴走】の発生リスクをほぼ完全に抑えることができるという寸法です。
課題は、必要となる魔石でしょう。
物資を運ぶためには、階層区画間での上下移転が必要ですが、そのためには相当の魔石を消費します。
対応策は2つあります(まあ、両方しなければならないのですが)。
【迷宮】内の階層転移は、「一度、その階に到達した経験がある者」という条件があります。
ですので、騎士団を部隊運用し、階層到達者を増加させることで、深層に転移できる騎士達の数を物理的に増やしていこうという算段です。
物資については、【強化鎧】を使って、一度の転移で大量に物資を運んでいくという手法を用います。
もう一点は、深層の魔石を確保するということです。
魔石の獲得効率を考えれば、深層での魔獣討伐のリスクを考えるとあまり効率的ではありません。
ですが、騎士団の部隊運用により、深層の魔獣を「嵌める」ことができれば、魔獣を安全に駆逐することが可能になります。
本日はメンテナンスだったんですね。