(侯爵夫人)アマンダ・ソロム(1)
文官達は生気を失い、商人達は目をぎらつかせている、交遊会の時期はそんな印象があります。
【ソロムの魔獣暴走】から約1年。
私の夫は、ソロム屈指の大店である商家バローム家の跡取り兼形式的な法衣貴族という立場から、その権勢を失ったとはいえ【南の国】の筆頭貴族であるソロム侯爵という立場になってしまいました。
正直、おもしろくないのです。貴族という立場は愚かしく、つまらない。
当時、前侯爵閣下から提案されたとき~閣下からの「夫オーランドを侯爵に叙する」~、それでもバローム家の者が誰も異を唱えなかったのは、ソロム全体で見たとき、それが最適な解であったことが明らかだからでした。
執務室にいるバスベル商会長が、ソロムのバローム家からの資料を確認しています。
バローム家からですので、おそらく商業に関することなのでしょう。
「アマンダ様、会長から資料が届きましたよ。穀物の仕入れの見込み量は昨年とほぼ一緒。価格も概ね変わらず、です。これなら、さしたる混乱無く、穀物の販売分の収益が見込めますね。」
「すごいじゃない、どう考えても、『売り渋り』される状況なのに。長い目でみたら、阿漕なことをしたら損しちゃうよ、って相手方にうまく伝わったわけ?」
「先方には、一時金という形で支援金を出しました。そのうえで、バロームとの今後の付き合いをやめることによる不利な点について、しっかり説明したほうが、きちんと伝わるのではないかと……」
「その手管がうまくいったわけね。」
「はい。なので、その方法で各商会に展開させています。食料と衣料の流通の混乱がこの程度で留まれば、商売の方は落ち着いて、先を見通しながら、順調に商いができるようになります。
【ソロムの魔獣暴走】が起きたときは、魔獣暴走による被害の大きさ関係なく、【ソロム】の市場自体が崩壊すると思って、暗澹たる気持ちになっていましたが、結果的には、大きな影響なく乗り切れそうな感じですね。
これも、オーランド様とアマンダ様のおかげです。商会員一同、感謝していますよ。」
バスベル商会長のご機嫌な声。
確かに、【王都】と【ソロム】において、例年と変わらず食料と衣料を取引することができて、その流通が円滑に進む見込みとなった訳ですから、【ソロムの魔獣暴走】の悪影響を最低限にとどめることが出来たということです。
穀物を輸出する側である【辺境派】との駆け引きが、うまく調整できたということでしょう。
現在、【ソロムの魔獣暴走】を予見できず、その発生を防ぐことができなかった【ソロム】に対する国民の視線は厳しいものです。
ただ、ソロムへの不信感を理由に、食糧や衣料品といったモノの価格を、生産者や商社が、不当に釣り上げてしまうと、その規模によっては【南の国】の市場のバランスが崩壊してしまい、それによって様々な物品や貨幣の流通が滞り、国全体で、『何もかも手に入れることができない状況』に陥ってしまいます。
「確かに、【ソロム】のせいでこんなことになったけれど、それでも、【ソロム】の云うことを聞かないと、これからの生活ができなくなるよ、って居直り強盗のようなことを、私達は云っているところもあるからね。
そこはしっかり承知してもらった上で、うちの商会は動いてもらいたいわ」
「アマンダ様、みんな、うちの者は分かっていますよ。むしろ【王都】の貴族や商家の方が、また、泡銭にめがけて虫の良いことを考えて、ろくでもないことをしているんじゃないですかねえ。」
「そうねえ。『あの人達』のやり口は、今に始まったことじゃないから。これだけ痛い目にあっても、多分、分からないのでしょうね。」
◇
私、アマンダ・ソロムは、現在、【王都】のソロム侯爵邸に住んでいます。
ソロム領の運営、経済都市【ソロム】の復興、バローム家の持つ複数の商会の経営、そして屋敷と家人の管理、これらが夫オーランドと私の仕事となる感じです。
本来の貴族家であれば、「屋敷と家人の管理」あたりが夫人に任される場合があるのでしょうか。
バローム家にいたときとは、その業務と役割の量は次元が違う程多いのですが、逆にいうと、その業務に携わる人役と予算も次元が違う訳ですから、あとは「やりよう」な訳です。
ソロム領の運営は、従前の家臣団に。
経済都市【ソロム】の復興は、夫オーランドに。
商会の経営と、屋敷と家人の管理は私に。
あら、私の仕事が多いですね。ということで、商会の一つの人員を、まるごと侯爵邸に呼び込み、これらの業務を指示しています。
「辺境派」の貴族と異なり、ソロムの文官は商家の重要性を強く認識しているので、たとえ内心ではおもしろくないと感じている者がいたとしても、侯爵邸を商人達が闊歩している姿を受け入れてくれています。
ソロムの大店は、比較的、貴族と近い立ち位置でもあります。
たとえば、私の祖母は、前サーラ王の妹です。交易が発展し、商家が豊かになり、【ソロム】や【王都】が経済都市と称され、交流人口の増加と街の活性化が進む中で、ソロムの大店達は力を蓄えてきたのでした。
まあ、祖母の場合「も」、貴族社会に辟易して飛び出してきたのが実情なのですが。