侯爵家への訪問(6)
アマンダ・ソロムさん。
現在、同級生にジェシカさんがいます。ジェシカさんは、もともと、ソロム侯爵の愛孫として有名で、侯爵家の一員として王立学園に入学していました。
実際のところ、ジェシカさんの父、ソロム侯爵の四男が、貴族の地位を持ったまま、【ソロム】の大店であるバローム家に婿に入った感じです。
もともと、経済都市【ソロム】において、商人の地位は決して低いものではなく、バローム家の権勢は高位貴族に劣らないところもありました。
そこに【ソロムの魔獣暴走】の発生。
事態の収拾を図るためソロム前侯爵が引退し、侯爵家の中では最も領の経営に縁遠いジェシカさんの父が侯爵位を継ぐはめになってしまいました。
つまり、ジェシカさんの母であるアマンダさんは、【南の国】唯一の侯爵夫人という立場にあります。
「すごーい。ジェシカと同い年なのに、【迷宮】の最下層まで下りられる探索者なんだ。もしかして、実は滅茶苦茶、魔力量が多いとか?あ、でも、魔力量多くても、魔獣と戦えないと全然意味ないしね。
見た感じ、貴公子風でもないけれど、清潔感あって悪くないわ。正直、何か勘違いしている貴族の子弟の連中には、正直、辟易としているし。社交界的に擦れてない雰囲気って高得点よね。」
「母上……」「アマンダ様……」
「もう、エーベルちゃん。ずっとの付き合いなんだから、『様』はやめてよー。旦那が侯爵になったからって、バローム家の人間は、やっぱり、バローム家の人間。「商いの道は人の道」をモットーに、ばりばり稼がなくっちゃ。
そうすると、どうしても【オールラウンダーの弟子】に会ってみたくなっちゃって。」
アマンダさんはすっと立ち上がって、丁寧に僕に向かって頭を下げました。
「リード君。この度は、ジェシカとエーベルの身を守ってくれて、本当にありがとう。
しかも、あなたからは、悪い意味での貴族としての傲慢さが少しも感じられないところも、とても好感が持てます。これからもジェシカとエーベルと仲良くしてやってくださいね。」
◇
アマンダさんは、若々しくとても綺麗な方です。本当は、小躍りしたくなる程の美人さんです。僕に向かってにっこり微笑んでくれて、しかも、いろいろ褒めてくれるのですよ。
でも、対面時に感じるこの威圧感。
何というのでしょう。前世?において、本社の女性の美人マネージャーに、自分の携わった事業に対して、もう立ち上がることができない程、様々な要素、観点から、ボコボコにご指摘をいただいた時の記憶が蘇ってきます。
蛇に睨まれたカエル。
何もかも自分の好みの女性を前に、即刻、離脱したいこの感触。まあ、冗談も少し含めていますが。
さて、予てから企画されていた侯爵家の訪問ですが、暴漢による襲撃事件があって訪問を中断していました。今回、事件の調査をひと段落したということで、こうして侯爵家の訪問が叶ったわけです。いえ、もともと、僕が希望した訳でも何でもないのですが。
「ご存じのとおり、今回の事件については、ワーランド家の者が関与したのではという疑念も持たれています。当家の問題が起因している可能性もありますし……、
謝意をいただけるのは光栄なのですが、事情が事情なので恐縮してしまいます。」
「うん。そこまで畏まらなくても良いよ。貴族にしろ、商人にしと、大人になったら「言質を取る、取らない」ってやり取りも必要になるかも知れないけど、今はまだ子供なんだから。」
にこやかなアマンダさんの声。
「今はまだ子供」って部分で、僕的には別の意味でショックを受けてしまいます(涙)。
「まあ、お茶でもどうぞ」と促され、紅茶を口につけましたが、緊張で味があまり分かりません。予想はしていましたが、本当に面接を受けている気分です。
ふと、心配そうに僕の表情を見ているジェシカ嬢の姿に気づき、ちょっとだけ心が和みました。
一方、恐縮する僕の姿に笑いを堪えているであろうエーベル嬢の表情に気づき、ちょっとだけ殺意が芽生えました。
◇
「リード君、本当にごめんなさい。母の我が儘に付き合ってもらうことになって……。単にお礼だけなら良かったんだけれど、ああ見えて、母は大商いを熟している商人なので……」
「アマンダさんの目利きだと、僕はどういう評価になったんだろうね。まあ、別にいいんだ。別に……」
客間からアマンダさんが退席しました。
様々な記憶が呼び起されて、結構、精神的な被害を被り、灰のようになった僕に、ジェシカさんが声をかけてくれます。
エーベル嬢は、すでに堪えきれないのか、笑いが外に漏れています。
「リード君はすごいね、アマンダ様の『すごみ』がちゃんと理解できているんだ。でも、王立学園で毒舌いってるときと比べると、どうしても……ね。
ああ、リード君、ごめんなさい。私、悪気なんてちっともないし、本当にこの前も助けてくれて、感謝してます。ね、お嬢、怒っちゃダメ……、もう笑わないから。反省しているから。」
エーベル嬢、途中、ジェシカ嬢の表情が曇ってきたのをみて、自分の発言を訂正しはじめました。
明るくて、優秀……だからこそ、【ソロムの宝石】の傍らにいることを委ねられているのでしょう。そして、ジェシカ嬢といえば、その容姿はもとより、もともと精神的に善性の強い人と思われ、冷たくいうと、貴族や商人には向いていないタイプなんでしょうね。
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