(伯爵令息)ベント・サリウム(1)
俺はベント・サリウム。
【サリウム】を総べるサリウム伯爵家の次男だ。
現在は、【王都】で臨時に文官を務めているが、将来的にはバカな兄上ではなく、私が伯爵家を継ぐべきだと考えている。
【サリウム】は距離的に【王都】や【ソロム】と近く、非常に交易が盛んである。この3都市は人流も非常に活発であり、王家・貴族家の交流も非常に多い。中には辺境の貴族家と懇意にする愚かな者達もいるが……
ただ、【ソロムの魔獣暴走】でそうした事もいっていられなくなった。
【サリウムの迷宮】でも魔獣暴走が起きる可能性がある……【探索者協会】には優秀な探索者を募るよう指示し、辺境の貴族とはいざという時の支援を受けるための要請を……ということで、俺も関係各所と折衝を重ねているところだ。
腹立たしいことも多く、その折衝はあまりうまく進んでいない。
ああ、決して俺が短慮で折衝がうまく進まないという訳ではない。私は【サリウム】の官僚団や寄家の貴族達に指示し、状況によっては私も折衝に同席するが、相手の「色」が好意的でないときは、お互いが罵り合いになる前に折衝を切り上げている。
その方が、お互いにとって特というものだ。
折衝がうまくいかないのは、「どこも困っている」ということだ。
資金も人手も足りないのである。
現在、都市【ソロム】が復興中で莫大な資金が辺境から流れ込んでいるが、そもそも、辺境の貴族の資産など高が知れており、かと云って、【王家】や【ソロム】……特に【ソロム】の資産は、全て他領に吸い取られているカタチになっている。
それでも、【ソロム】が復興すれば……すでに復興は進んでいる……その交易力で、また、利益を貯めこんでいくであろう。その「将来の利益」を巡って、商人や各領の文官たちが暗躍しているのが今の状況だ。
◇
鍵となるのは、代替わりしたソロム侯爵家。
何とか婚姻を結ぶことはできないか。
平民の血が濃くても構わない。それこそ跡目は側室の子からでも良かろう。何より、ソロムの前侯爵が目に入れても痛くない程可愛がっていたその容姿。【ソロムの宝石】ジェシカ・ソロムを何とか手に入れることができないか。
以前も、どの貴族も、領主または嫡子の側室として……やはり、ジェシカ・ソロムの母は平民であり、嫡流とするには無理がある……【ソロムの宝石】との縁を求めたが、ソロム前侯爵は王家からの声ですら払いのけてきた。
ただ、【ソロムの魔獣暴走】により、ジェシカは侯爵家の令嬢となった。
そして、他領に支援を求めるソロム侯爵家の立場は、これまでと比べて極めて脆弱だ。ソロムへの支援の条件として、【ソロムの宝石】ジェシカ・ソロムの身柄を欲しがる貴族家は多数に上っている。
◇
そういえば、辺境の子爵家の元嫡男……ウェデルが、この前、押しかけてきたな。
確か、ダルトーム派のワーランド家だったか。社交の場においても、【王家】の法衣貴族の縁を辿っては、ちょこまかと動いていたな。王立学園では同級生であり、サリウム家とも懇意に……と幾度も顔を出してきていたから覚えている。
今、ダルトーム伯爵家は、ソロム侯爵家を抜いて最も勢力を持つ貴族家だ。
おそらく、近いうちに辺境伯の称号と権力を持つ事になるであろうと噂されている。
ダルトーム派のワーランド子爵家の子供……おそらくウェデルの弟……が魔獣暴走鎮圧に貢献し、ウェデルを廃嫡させ、多くの褒賞を得たことから、確かその子供は【成金ワーランド】と揶揄されていたはずだ。
「ベント殿。今であれば、ジェシカ・ソロムの身柄をおさえれば、将来にわたって利を見込むことができる。平民の血が濃い事には目を瞑らないといけないが、ソロム一の大店であるバローム家とあの美しさを得ることができれば……」
「あのさ、相当追い込まれているといっても『あのソロム』だ。その令嬢を易々と手に入れることなどできるわけない。」
「他の伯爵家の令嬢なら兎も角、所詮は平民あがり。貧民街の悪党を仕掛けて、それを助ける程度の小芝居を打てば、すぐにでも篭絡できる。その段取りをするので、どうか俺に支援……」
「そういう事は聞かなかったことにする。犯罪に加担する気など毛頭ないわ。俺も忙しいのだ。とっとと帰ってくれないか。」
あの時、ウェデルの「色」を見た。ダメだ、能力がまるで伴っていない。
本人はそう思っていなくても、客観的に見ると、単に口だけの状況だ。
ワーランド家を廃嫡された後、後見する貴族家を見つけられなかったのだろう。【王家】の法衣貴族達もソロム派に連なっている者達は、ソロムに債権を取り立てられ、一様に多くの力を失った。
甘い汁に吸いついていたから、そんな目に遭うのだ。
考えてみれば、サリウム伯爵家だって、【ソロム】や【王家】の交易の甘い汁を吸っていた。
これはいけない。人の振りを見て我が振りを直せ、という。サリウムを手に入れるためなら、何だってやるつもりだったが、害を伴っては意味がない。しかし、あのような戯言、真に受ける奴もいるのだろうか……