(侯爵令嬢)ジェシカ・ソロム(1)
南歴310年【五ノ月】
王立学園は【王都】の中心、【南の大迷宮】に近接した敷地にあります。
人口の集積する都心部に広大な学園の緑地が広がり、その一部は住民の皆さんにも開放されています。また、大迷宮にも近いことから、【探索者協会】の本部があり、大迷宮から産出する魔石や探索者の武具関係を取り扱う商店が立ちならぶ繁華街も隣接しています。
さらに、【南の大迷宮】の地上口を望めるよう、やや距離の離れたところに、美しくも巨大な【王城】が聳え、その広大な【王城】を取り巻くように、多くの貴族の館が立ち並んでおり、そこでこの国の政が行われています。
さて、王立学園は1学年280人7クラス。4学年で約1,000人の学生が集う学び舎です。
クラスはA組からF組に分かれており、特にA組には、【南の国】を統括する侯爵家・伯爵家とそれを支える高位貴族の子息が集まります。
「なあ、ワーランド、お前みたいな成り上がりが、なぜ、A組にいるんだよ。とっとと、もとのD組に帰ればいいじゃないか。ちょっと領内にお宝が見つかったからといって、デカイ顔をするんじゃねえよ。」
何人かの男子が、リード君の席の周りを取り囲んでいます。
正直、取り囲んでいる男子の中には【ソロム】の関係者も多いです。中央派の貴族の子たちですね。逆に、“遠方”の方々~辺境派の貴族の子たち~は冷ややかな眼で、その集団をみています。
リード君は、その周囲の男子達を無視して立ち上がりました。
少し離れた席のマリノ・ポルセティオ君に声をかけ、近寄ろうとします。もともと【ダルトーム】の人達であり、クラスは分かれていても、昨年の生徒会長のもとで仲良くされていました。
リード君の対応も、いつものことなので、マリノ君も、やや苦笑いを浮かべています。
すると、取り囲んでいた男子の一人がリード君の肩を掴みました。
「お前、俺達を無視してんじゃねえよ!」
ちょうどその時、教室の扉が開き、本教室の担任であるニコル・フォルマッテ先生が現れました。
「こら!ワーランド君を取り囲んで何をやっているの!各自、席に着きなさい。」
私は周囲に目を配ってみます。
クラスメイトの反応は3つに分かれています。
一つは日和見。
次はワーランド君を敵視する集団。【王家】や【ソロム】の貴族家子息がこれに当たります。
もう一つはリード君に好意的な集団。【ダルトーム】や【ラルシウム】といった武断派の貴族家子息が中心になります。
興味深いのは、この子たちは、ワーランド君を敵視する子たちに対して、リード君への振る舞いを止めるなり何なりをしようとはしません。
なお、私はソロム家の者ですから、本来であれば「ワーランド君を敵視する集団」に位置づくはずですが、私自身が「微妙な立場」なこともあって、実際のところは日和見グループに位置しています。
「あの連中、飽きもせず、よくやるわねえ。」
「しっ、エーベル。あの子達に聞かれたら、後が面倒だよ。」
「そんなの聞こえないように云ってるじゃない。それに、あの子たち、ソロムの事、真面目に考えているのかしら。全く。」
これまで、ソロム家は、【南の国】でもっとも勢力を持つ貴族でした。
ただ、【ソロムの魔獣暴走】により、ソロム家は非常に大きな被害を受け、ソロム家を取り巻くサリウムやロジウムといった伯爵家も、かなりの痛手を負いました。
地政的にいえば、これまでは【王都】周辺の貴族である中央派が、流通体制の強化と商業の発展を促進させたことにより膨大な収益を上げていました。
一方、他国に近く、【迷宮】の動きも常時活性化している辺境派は、かつてのとおり、【迷宮】を制御するため、現在においても、武力の維持に重きを置いています。
そのため、近年の政治的な構図は、「中央派・経済派」と「辺境派・武断派」に二分されていました。ただ、両方の派閥とも、全面的な対峙には至っていません。その一部は密に連携し、自分達の領内の課題解決を適切に行ったりしています。
また、貴族家としての価値観も、子孫に高い魔術を継承したいという感覚は共有されています。
経済派においては通商時の交渉のためには鑑定眼の保持は相当有益ですし、武断派においても【迷宮】での魔獣との闘いや~仮に起こるとするなら~隣国の【東の国】【西の国】と諍いが生じた際、やはり、ものをいうのは武力そのものでしょう。
「ち、フォルマッテ先生は、|また<・・>、成り金ワーランドの肩を持つのかよ。絶対、袖の下とか掴まされてるんじゃないか。」
一人の男子の呟きをフォルマッテ先生が聞き拾ったのでしょう。
教室は一瞬にして寒気に包まれました。
フォルマッテ先生は膨大な魔力を制御できる一流の魔術師です。
そして、【ソロムの魔獣暴走】において、【ダルトーム騎士団】に王都から招聘され、あの【災厄】を、宝具を駆使して収束させた一人でもあります。
「ありもしないことを口走ることは、絶対、許しません。自分の胸に手を当てて考えてご覧なさい。あなたは貴族として正しい振る舞いをしていますか?」