(研究員)ニコル・フォルマッテ(4)
「ええ、そうですが……」
「どうして、長槍による攻撃で、敵愾心が騎士達に向いたのでしょうか。」
迷宮内では何が起きるか分かりません。
騎士達には、多頭大蛇が絶対、襲ってこないといった慢心があったわけでもありません。
騎士の攻撃には多頭大蛇が反応しなかったというだけで、そもそも【災厄】には、通常装備の攻撃や複合高位魔術程度では、些かの被害も与えることができなかったということ……
「フォルマッテ殿が云いたいのは、つまり、【翡翠の大鎧】の物理攻撃ではなく、騎士達の攻撃に対しても、多頭大蛇が脅威を感じ始めた……、魔力低下による狂暴化がはじまっているかも知れないということですね。」
「如何に【災厄】現象とはいっても、地上に出ようと企んでいるのならば、【翡翠の大鎧】を放り出して進もうとするのだと思います。しかし、魔力低下による狂暴化状態に陥り、一層、混乱しやすい状況になっているため、そうした行動すら起こせないのであれば。」
「通常攻撃による影響も期待できる……。むしろ、当初の予定通り、多頭大蛇を『嵌めて』いる状態になっているということですね。」
私は頷きました。
「もともと、【魔獣暴走】は、【迷宮】における魔素の循環が滞るために生じるものです。魔獣群が暴走し、地上のありとあらゆるものを破壊し、滞った膨大な魔素を消費するまで、その暴走は止まりません。」
「……」
「今回の【魔獣暴走】は、【災厄】多頭大蛇の発生という、大昔の文献でしか確認できないような状況になっています。近年、【ソロム】はそれだけ【迷宮】の制御を軽視していたともいえます。」
「魔素の消費、ということですか。」
「はい。あれだけの【災厄】が、回廊を破壊してでも前進しようとしています。でも、考えてみてください。なぜ【迷宮】内の回廊は、あの【翡翠の大鎧】をも絡めとる大蛇の攻撃に対して、一つも傷がつかないのでしょうか?」