令嬢レベル1-8
『クエストを開始します』
「初めましてリルチェル・フランソワと申します。先生がいらっしゃるのをとても楽しみにして待っておりましたわ」
僅かに前に屈み、膝を曲げてスカートの両端を持ち上げる。
通常であれば挨拶をすればすぐに返されるはずなのだが。
……まだかな。
………え、まだ?
…………まだなのかな。
待てがあまりにも長くて、先生の様子をみたい。けれどこれももしかしたらきちんと待てるかどうかのトラップかもしれない。
しばらくその姿勢を維持しているが腕も足もプルプルしてきた。あと微笑んだ頬も。
『演技スキルがレベル1になりました』
あーそうですか。でもスキル取得で頬の震えは消えた。腕はそろそろ限界だけども。
「あ、ああ!ごめんなさいね。私はチェンザー・ロゼリアよ。可愛らしいわたくしの新しい生徒に逢うのをわたくしも楽しみにしていたわ」
「本当ですか?とても嬉しいです」
返事が返ってきたので背筋を伸ばして、夫人を見上げる。しっかり目を見て、笑顔を浮かべて、どもらずハキハキと喋る。
『愛想スキルレベルが2になりました』
最後にレベルアップ恩恵でニコッと笑えば夫人は目元を綻ばせた。
「リルチェルと呼んでも良いかしら?わたくしのこともチェンザーと呼んでちょうだい」
「わかりましたチェンザー先生」
「ではリルチェル。貴方が読んでいる本や、練習している本、参考にしている本などあったら教えていただけるかしら?」
「はい」
確認来たよ!内心ビクビクだけど必死に、物凄く必死に堪えて良い子の仮面を被る。
「読んでいるのはこの本で、文字の練習がこれ、喋り方や動き方は両親やまわりの人を見よう見まねでやっています」
そう言って渡したのは難しい言葉がない子供向け歴史書と最近書く練習に使ったノート。
チェンザー先生は受け取る時も、中を確認する時も変わらない笑顔だった。
恐ろしい。どう思っているか全く分からない。
「リルチェル、まずは貴女にプレゼントがあるわ」
どっちなの!?好感触なの、ダメな子なの!?
全く読めない笑顔で渡されたのは二冊の本だった。
確認してみるとそれはどちらも童話集だった。片方は冒険などが多い男の子向け。片方は恋愛が絡む女の子向け。
文章も簡単な言い回しが多くて、とても読みやすい。そして内容も大変面白そうだ。
「これが読めるなら、それも読めると思うけどどうかしら?」
「はい、パラパラと見た感じですが読むことには問題無さそうですし、内容もとても……興味引かれそうです。本当にこの本を頂いても良いのですか?」
「ええ、読んでみた感想も是非聞かせて欲しいわ。わたくしのおすすめはコレとコレよ」
そう言って目次のページで教えてくれた童話をきっちり覚える。思ったよりも優しそうで、好感触じゃないだろうか。
「それからリルチェル、興味引かれそうよりも興味深いと表現した方がよろしいわよ」
「……そうですか、ありがとうございます先生」
いや同じ笑顔で注意を受けた。やっぱり先生の内心は全く分からない!
【チェンザー女史】
さて、リルチェル・フランソワ嬢はどのような娘なのでしょうね。
我儘で手をつけられない子じゃないと良いのだけれど。
まあ、六歳の貴族の娘など大体は我儘なものだけど。
本来なら八歳ほどの子の家庭教師をしているのだけれど、今回はフランソワ子爵にどうしてもと頼まれて様子見に来た。
教育を受ける下地が出来ているならば教えるという条件で。
そして実際に目にしたフランソワ嬢は、見た瞬間とても驚いた。
言葉の発音は上々。言い回しに不安があるものの純粋に会話の経験が足りないのだろう。
姿勢も良い。緊張しているのが何となく分かるけれど、それも上手く取り繕えている。
文字も、子供向けとはいえ歴史書が読める程だ。読めるということは恐らく内容も理解出来ているのだろう。
これらが16歳のお嬢さんが、と言えば出来て当たり前なのだけれど彼女はまだ六歳だ。
貴族とはいえ貧しい家の者では文字を書けない女性も多いのでフランソワ嬢は非常に優秀な部類だと分かる。
僅か六歳の少女がこれほどのレベル。フランソワ子爵が切望した理由がわかった。
彼女はまだまだ伸びる。
彼女を立派なレディに育ててみたいと思った。




